紅組がなかなか見つからなかった。。。。
今年と言う年にこだわった曲と単に好きな懐メロが混ざってます。
音源は各自お探しください!(誰が探すねん)
白組
沢田研二/ストリッパー
郷ひろみ/ハリウッドスキャンダル
鈴木茂/微熱少年
布施明/あまく危険な香り(カバー)
CRAZY KEN BAND/まっぴらロック
三波春夫/世界の国からこんにちは
ザ50回転ズ/まったく話になりません
小坂忠/ほうろう
高野寛/雪解け
オリジナルラブ/あたらしいふつう
yanokami/Don't Speculate
RCSuccession/Love me tender(カバー)
斉藤和義/幸福な朝食 退屈な夕食
エレカシ/昔の侍
細野晴臣/Radioactivity(カバー)
坂本龍一/in the red
ゴダイゴ/Where'll We Go from Now
ムーンライダーズ/さよならは夜明けの夢に
松崎しげる/愛のカタマリー
細川たかし/望郷じょんがら
フライングダッチマン/humanERROR
三橋美智也/星屑の街
はっぴいえんど/さよならアメリカさよなら日本
北島三郎/祭り
坂本九/上を向いて歩こう
紅組
松田聖子/瞳はダイヤモンド
中森明菜/セカンドラブ
吉田美奈子/Uptown
いしだあゆみ/バイバイジェット
大貫妙子/Wonderland
Miho Hatori/A Song For Kids
EPO/百年の孤独
荒井由美/生まれた街で
Nina Simone/Ain't Got No - I Got Life
空気公団/風に乗った言葉
越路吹雪/ろくでなし
ちあきなおみ/星影の小径
中島みゆき/世情
HIS/日本の人
和田アキ子/悲しい歌
八代亜紀/舟歌
矢野顕子/ごはんができたよ
都はるみ/北の宿
キャンディーズ/微笑みがえし
12/31/2011
11/26/2011
怒りとエネルギー
怒り。
一時期、感情的になる、ということは恥ずかしい、というのが自分のテーマになってしまい、もともと早口で攻撃的なしゃべり方だった20代、それを直そうと努力。だいぶゆっくりおっとり話せるようになった。そのぶん心も穏やかに落ち着きやすくなった。頭の回転はどんどん遅くなっていったみたいだけど。
そうして40も超えたけれど、時々どす黒い気持ちが爆発したり、自分でもびっくりするぐらい瞬間的に怒りが爆発して罵詈雑言をはいたりしてしまう。たとえば、国会中継とか見てる時に。
心が穏やかで落ち着きやすくなって、感情をコントロールできるようになった、と言うのは思い込みで、
怒りを押さえ込んでいるうちに、自然な怒り方を忘れてしまったみたい。
石原慎太郎が、瓦礫について文句を言う都民は「黙れ」と発言した。老都知事の発言には幾度となく腹を立ててきたが、今回だけは、今までと違う状態になった。すーっと冷めてしまったのだ。自分でもこの時の気持ちがうまく理解できなかった。
このことをツイートしたら友人が怒り続けるにはエネルギーがいると言うことですかね、と言ってくれた。なるほど、と思った。
私はいい加減あの老害に腹を立て疲れたのかもしれないと。
でももう一つ別の側面があるように思う。「黙れ」と言われた。公僕が都民に黙れ、と。絶対に言ってはいけない言葉だと私は思った。すーっとさめてしまったが、この冷たい感情は一種の覚醒した怒りだった。この時の怒りは、ただ荒々しく怒るのではなくて、そうですかそちらがそうなら、私も考えがあります(ほんとは何にもまとまってないけど)とでも言うように、肝が据わった感じだった。彼自身を本当に心の底から軽蔑し、見限った。期待も何も無い。だから怒りようが無い。
それからほどなくして「僕らの漫画」を読んだ。私はさそうあきらが大好きで、彼の作品目当てで真っ先に読んだ。何ともタイムリーなことに、テーマは「怒り」だった。「怒り」が文字通りエネルギーに変換される話。私は、自分の行き場も無く出方も分からなくなった「怒り」について考えた。
そして今日。これを聞いた。
私は最後泣いてしまった。正直号泣の部類。それはいろんなことが混じった涙。本当に大変なことになってしまったんだ、という強烈な悲しみと、原発事故を巻き起こしてもなお私利私欲に走る人達の存在への悔しくてたまらない気持ちと、子供たちを守れていない自分に対する激しい自責の念と。
単なる反原発派ソングということもできない。もっと直球。ポエトリーリーディング。ケレン味も洒落っ気もない、ひょっとしたら音「楽」でもない。右だ左だ、アンチだ推進派だ、とレッテルはっていがみ合っている時間ももったいない、それどころじゃないと彼らは歌っている。同じように、ただこれを反原発表明の歌だと片付けてしまいたくない。もっと自然に湧き出るべくして湧き出た怒りそのものだと思った。私も彼らのようにストレートに怒りたいのに、長年の性格矯正もどきで、いびつになってしまった。だからこの歌詞のなかの「アホンダラボケカス!」に解放されて、同時に自分自身が喝を入れられ叱られたように感じて、ごめんなさい、という気持ちが涙になってあふれた。
(歌詞を引用します。ぜひオリジナルを先にお聞きください。)
humanERROR
by FRYING DUTCHMAN
「末期的に気が狂ってるよ、こいつらは」
「反対派推進派に人々の心をお金で引き裂いてくマニュアルがあって」
「(原発の)何が大丈夫。はぁああああ?!お前の頭が大丈夫かよ!」
「原発によって社会全体に影響している負の連鎖なんて見えてきたら…
吐き気がしちゃうよ!まともな心を持っていればね」
「自分たちの悪事を隠す為に一体どれだけの人を犠牲にするんだよ。
ふざけんなばかやろう!」
「人の命をなんや思てんねんアホンダラボケカス!」
「日本は一大事なんだよ!揚げ足を取り合ってる場合じゃねぇんだよ!寝てる場合じゃねえんだよ!」
「みんなに黙ってるんだぜ?! 隠してるんだぜ?!」
「核兵器と金だよ。汚いカネカネカネ!」
「これ以上無関心でだまされ続けたら破滅するぞ!
電気が足りる足りないの問題じゃねえんだよ!
電気が無くても生きていけるけど、自然が無かったら生きていけないだろ!」
「子供が一番かわいそうだよ!俺たちの未来なんだぞ!?守ってやれなくてどうするんだよ!」
「だから馬鹿野郎って叫ぶんだ!馬鹿野郎!ばかやろう!」
原発絶対反対。
一時期、感情的になる、ということは恥ずかしい、というのが自分のテーマになってしまい、もともと早口で攻撃的なしゃべり方だった20代、それを直そうと努力。だいぶゆっくりおっとり話せるようになった。そのぶん心も穏やかに落ち着きやすくなった。頭の回転はどんどん遅くなっていったみたいだけど。
そうして40も超えたけれど、時々どす黒い気持ちが爆発したり、自分でもびっくりするぐらい瞬間的に怒りが爆発して罵詈雑言をはいたりしてしまう。たとえば、国会中継とか見てる時に。
心が穏やかで落ち着きやすくなって、感情をコントロールできるようになった、と言うのは思い込みで、
怒りを押さえ込んでいるうちに、自然な怒り方を忘れてしまったみたい。
石原慎太郎が、瓦礫について文句を言う都民は「黙れ」と発言した。老都知事の発言には幾度となく腹を立ててきたが、今回だけは、今までと違う状態になった。すーっと冷めてしまったのだ。自分でもこの時の気持ちがうまく理解できなかった。
このことをツイートしたら友人が怒り続けるにはエネルギーがいると言うことですかね、と言ってくれた。なるほど、と思った。
私はいい加減あの老害に腹を立て疲れたのかもしれないと。
でももう一つ別の側面があるように思う。「黙れ」と言われた。公僕が都民に黙れ、と。絶対に言ってはいけない言葉だと私は思った。すーっとさめてしまったが、この冷たい感情は一種の覚醒した怒りだった。この時の怒りは、ただ荒々しく怒るのではなくて、そうですかそちらがそうなら、私も考えがあります(ほんとは何にもまとまってないけど)とでも言うように、肝が据わった感じだった。彼自身を本当に心の底から軽蔑し、見限った。期待も何も無い。だから怒りようが無い。
それからほどなくして「僕らの漫画」を読んだ。私はさそうあきらが大好きで、彼の作品目当てで真っ先に読んだ。何ともタイムリーなことに、テーマは「怒り」だった。「怒り」が文字通りエネルギーに変換される話。私は、自分の行き場も無く出方も分からなくなった「怒り」について考えた。
そして今日。これを聞いた。
私は最後泣いてしまった。正直号泣の部類。それはいろんなことが混じった涙。本当に大変なことになってしまったんだ、という強烈な悲しみと、原発事故を巻き起こしてもなお私利私欲に走る人達の存在への悔しくてたまらない気持ちと、子供たちを守れていない自分に対する激しい自責の念と。
単なる反原発派ソングということもできない。もっと直球。ポエトリーリーディング。ケレン味も洒落っ気もない、ひょっとしたら音「楽」でもない。右だ左だ、アンチだ推進派だ、とレッテルはっていがみ合っている時間ももったいない、それどころじゃないと彼らは歌っている。同じように、ただこれを反原発表明の歌だと片付けてしまいたくない。もっと自然に湧き出るべくして湧き出た怒りそのものだと思った。私も彼らのようにストレートに怒りたいのに、長年の性格矯正もどきで、いびつになってしまった。だからこの歌詞のなかの「アホンダラボケカス!」に解放されて、同時に自分自身が喝を入れられ叱られたように感じて、ごめんなさい、という気持ちが涙になってあふれた。
(歌詞を引用します。ぜひオリジナルを先にお聞きください。)
humanERROR
by FRYING DUTCHMAN
「末期的に気が狂ってるよ、こいつらは」
「反対派推進派に人々の心をお金で引き裂いてくマニュアルがあって」
「(原発の)何が大丈夫。はぁああああ?!お前の頭が大丈夫かよ!」
「原発によって社会全体に影響している負の連鎖なんて見えてきたら…
吐き気がしちゃうよ!まともな心を持っていればね」
「自分たちの悪事を隠す為に一体どれだけの人を犠牲にするんだよ。
ふざけんなばかやろう!」
「人の命をなんや思てんねんアホンダラボケカス!」
「日本は一大事なんだよ!揚げ足を取り合ってる場合じゃねぇんだよ!寝てる場合じゃねえんだよ!」
「みんなに黙ってるんだぜ?! 隠してるんだぜ?!」
「核兵器と金だよ。汚いカネカネカネ!」
「これ以上無関心でだまされ続けたら破滅するぞ!
電気が足りる足りないの問題じゃねえんだよ!
電気が無くても生きていけるけど、自然が無かったら生きていけないだろ!」
「子供が一番かわいそうだよ!俺たちの未来なんだぞ!?守ってやれなくてどうするんだよ!」
「だから馬鹿野郎って叫ぶんだ!馬鹿野郎!ばかやろう!」
原発絶対反対。
10/24/2011
身代わり
通販生活にこんな詩が載っている。
[原発を語るとき]
廃止論であろうと/再開論であろうと/原発を語るときは/心を福島に置いて語る習慣を/身につけよう
福島でつくられた原発電力は/東京で消費されたから/つまるところ/福島の子たちは/東京の子たちの身代わりになった/福島の親たちは/東京の親たちの身代わりになった/大阪で消費される原発電力はどの県でつくられているのだろう/
〜中略〜
福島の子たちを棚に上げて/原発を語ることの/恥ずかしさよ
(「通販生活」パッケージ表紙より引用)
通販生活は震災前も今も変わらず発言力を自覚して、ごまかさずに社会問題に対する意見を堂々と表現していて相変わらずすごいなあと思う。
上記の「詩(?)」は、感動したと言うコメントとともに2・3日前からtwitterに流れてきていてそれで知った。
私は全く逆の感想だった。あんまりにも心が鬱々としたので、自分なりに書いてまとめて多少なりとも気持ちを落ち着けようと思う。
これまで原発に無関心だった大人たちの、私たちの責任は重い。
しかし、「福島の子たちは東京の子たちの身代わり」という言葉は、
福島の子が東京の子の身代わりという言葉は、
東京で子育てしている自分には到底受け入れられない。
福島の子が東京の子の身代わりという言葉は、
私の子が福島の子供を犠牲にして生きている、と言われるのと同じである。
福島の子ではなく、東京の子が被爆するのが当然だと言われるのと同じである。
少なくとも東京の親である私はそう受け取った。
どこに住んでいようと、どんな理由があろうと、被爆していい子供など一人もいない。
身代わりになっていい子供は一人もいないし、
誰かを身代わりにするという罪を子供にきせることは許されない。
福島の子供が被爆を余儀なくされていることを、
自己犠牲という「美談」に仕立てたくない。
今の福島の子供の状況は一刻も早く変えなければいけないことであって、
本来あってはならないことだ。
身代わりに「なった」などと過去形で、評価しまとめていいことではない。
そして「子供が子供の身代わり」という言葉は、
子供を必死で育てている親をひどく傷つけ打ちのめす言葉だ。
通販生活の詩は、原発について語り考える時は必ず福島のことを思え、という。
原発立地地域と電力消費地域の断絶に関しては、今回の原発事故以前は私もまったく認識がなかった。
恥ずべきことだと思う。
しかし私は逆に聞きたくなった。今、原発について本当に真摯に考えるときに、福島のことを思わない人が果たしているのかと。
あえていえば、この期に及んでも電力は足りなくなるしコストが安いから再稼働しましょう、という人たち、行政や、事故の重大さからひたすら目を背けている東電の役員たちこそ、「福島のことを棚に上げて」原発を語っている「恥ずかしい」人々なのではないだろうか。
福島の子供たちは、東京の子供たちの身代わりではなく、こういう大人たちの犠牲になったのではないか。
更に言えば、原発立地地域の自治体が交付金を莫大な収入としていたがために、原発を推進するしか生き残りの道がなくなってしまった、という背景は大きな問題だ。
これらのような大事な部分を「つまるところ」と片付けてしまわれては、東京の親としては我慢がならない。
原発が安全でクリーンだと毎日TVで流していたのは誰か。
核廃棄物という原発の暗部をひたすら隠してきたのは誰か。
立地県と消費地域との対話を妨害してきたのは誰か。
問題を見据えた人を不当に排除してきたのは誰か。
私たちは電気を選べたのか。原発を選んだのか。
被害を過小評価することで自らの責任をごまかし、
人々に危険な地にとどまることを強いているのは誰なのか。
もはや原発の問題からは、どこに住んでいようと逃れられない。そういう意味で、大人には等しく責任が生じていると言える。
だから、「福島」「東京」「大阪」と言う言葉にすら、私は当事者意識の薄さを感じてしまった。
最も責任を取らなければいけない人々が、一向にその責を明らかにされず、事態の深刻さをごまかし隠蔽し逃げ回っているという現実があるなかで、「東京の親子の身代わりが福島の親子だ」などという言い方は、問題を限定的にし、力を合わせなければならない人々どうしを対立させ本質から目を背けさせることになる、とても悪い意味で詩的すぎる言葉だと私は思う。
ともあれ正直に言うと私の心も余裕がなくなってきている。たいしたこと全然できないし、偉そうなこと全然言えない。無力感は半端じゃない。
ともあれ正直に言うと私の心も余裕がなくなってきている。たいしたこと全然できないし、偉そうなこと全然言えない。無力感は半端じゃない。
目の前の子供を育てるだけで、いっぱいいっぱい。でも私は私の子供を一生懸命育てるしかない。そのことがほかの子供のためにもなると信じている。
「原発」を「語る 」なんておこがましい。事態はもっと切実でできるだけ実践的に行動していかなければならないから。無力な自分は、せめて想像力をちゃんと働かせて思いやりを保ち続けたい、と思わずにはいられない。
ラベル:
311,
miscellany
10/08/2011
わたしのリンゴな思い出
7600/120が私の初めてのパソコン。ネットはまだダイヤルアップのモデム。
それはまだリンゴマークが虹色のころ。初めて就職した印刷会社のデザイン室で出会いました。DTPへの過渡期で、まだ紙の版下がほとんど、完全には移行できていませんでした。グラデーションもマックで作るけどデーターで入校というのはできなくて、版下の会社に発注してたんやもんな。
その会社にあったmacの中でもとりわけQuadra 700がお気に入りでした。スリットの入った筐体がかっこ良くて。数十名いる職場にマックは4〜5台だったと思う。今日はやばい、ってときは前もって予約したり。
処理能力が今と違って遅いから、プリント出すってなったら、コーヒー入れにいって休憩。ぐるぐる回る時計の針のカーソルもどんだけ回るかってぐらい。でもそれが普通でのんびりしてたなあ。アイコンやアラートの文章、なにもかもがかわいかったな。sad mac一度も見たことないのが残念なぐらい。フリーズすると出てくる爆弾マークとか当時は顔面蒼白になったけどOS漢字トークのUIはほんとに愛らしい表現でいっぱいでした。
それからすごい早さでDTP化が進んで、版下や製版フィルムなんかの概念がかわっていき、印刷工程ってもの自体が劇的な変化を遂げた。会社としても対応していくのは大変だったと思います。まさにAppleが世界を変えた、その一端を経験しました。
そのうち、会社を辞めることになり、思い切ってパソコンを買いました。
買うまでものすごい悩んで、スペック何度も確かめました。当時としてはメモリの拡張性が高い、ということで思い切った。35万円ぐらいしました。当時マックはパソコン界のポルシェって言われてたからなあ。
日本橋のソフマップへ、大金握りしめてこわごわ買いに。三菱モニターとキャノンのプリンター、当時は唯一A3ノビが出力できるカラープリンターをセットで買って締めて45万円ぐらいだったかな。
店員さんがカウンターで数えていた40数万円の映像は今でも昨日のことのように思い出せます。やめとこか、引き返すんなら今や、とんでもない買いもんしてるんちゃうか、という寒々しい気持ちとともに…。
そうして手に入れたのがpower mac 7600/120。今でも新しいマック買うとすごいわくわくするけどこの時は今の比じゃなかったな。会社でみんなでつかうマシンじゃなくて、初めての、自分のマシン。これがいいんですよね。 車好きのひとがマイカー買うときにきっと似てるね。
インストールもメンテナンスもぜんぶ自分でする、これが意外と性に合いました。本もいっぱい買ったし、問題が出てくると困りながらも解決するのが楽しい、そんなオタク(というには甘っちょろいですが)への道を歩む日々でした。
それから世はインターネットの嵐が吹き荒れ、ITバブル、私もその波にのり、というかちょっとぶら下がって東京で就職し、独立し、現在に至る。
それまで何台のマックとつきあってきたかなあ。
windowsが席巻していたころは、Appleの業績も落ち込み、パソコンが売れてないらしいなんで噂を聞くと、さびしかったり、ほとんど信者でした。
しかし、リンゴが虹色からモノトーンになった時は胸がざわつきました。初代imacを初めて見た時、本当にびっくりしたと同時に、今までの渋いマックを知っている自分としてはAppleどうなんの?って不安に思ったことも事実。でもジョブズの復活で明らかにAppleが変わるという雰囲気がびりびり伝わってきましたね。
今になってみればAppleは初代imacを契機に、まだ見ぬiphoneを目標にして突っ走ってきたんだな、と思えます。
macといえば専門職のデザイナーや一部のマニアしか熱狂してこなかったという世界から、サラリーマンや主婦や子供という普通の人々がリンゴマークを日常の中で自然に手にする世界。アップルの人たち、とりわけジョブズはずっとブレずにその世界へのビジョンを持ち続けてきたんだろうなと。そして間違いなく実現した。
まあでもとにかく今一番言いたいのは寂しいってこと。
スティーブ・ジョブズ様。ありがとうございました。なかなか世界を変えるほどのクレイジーさを持てませんが、努力します、少しでも。ご冥福をお祈りいたします。
※おまけ
http://mactracker.ca/
歴代マックのスペックが分かる。起動音も!(パソコンにインストールするアプリです)
それはまだリンゴマークが虹色のころ。初めて就職した印刷会社のデザイン室で出会いました。DTPへの過渡期で、まだ紙の版下がほとんど、完全には移行できていませんでした。グラデーションもマックで作るけどデーターで入校というのはできなくて、版下の会社に発注してたんやもんな。
その会社にあったmacの中でもとりわけQuadra 700がお気に入りでした。スリットの入った筐体がかっこ良くて。数十名いる職場にマックは4〜5台だったと思う。今日はやばい、ってときは前もって予約したり。
処理能力が今と違って遅いから、プリント出すってなったら、コーヒー入れにいって休憩。ぐるぐる回る時計の針のカーソルもどんだけ回るかってぐらい。でもそれが普通でのんびりしてたなあ。アイコンやアラートの文章、なにもかもがかわいかったな。sad mac一度も見たことないのが残念なぐらい。フリーズすると出てくる爆弾マークとか当時は顔面蒼白になったけどOS漢字トークのUIはほんとに愛らしい表現でいっぱいでした。
それからすごい早さでDTP化が進んで、版下や製版フィルムなんかの概念がかわっていき、印刷工程ってもの自体が劇的な変化を遂げた。会社としても対応していくのは大変だったと思います。まさにAppleが世界を変えた、その一端を経験しました。
そのうち、会社を辞めることになり、思い切ってパソコンを買いました。
買うまでものすごい悩んで、スペック何度も確かめました。当時としてはメモリの拡張性が高い、ということで思い切った。35万円ぐらいしました。当時マックはパソコン界のポルシェって言われてたからなあ。
日本橋のソフマップへ、大金握りしめてこわごわ買いに。三菱モニターとキャノンのプリンター、当時は唯一A3ノビが出力できるカラープリンターをセットで買って締めて45万円ぐらいだったかな。
店員さんがカウンターで数えていた40数万円の映像は今でも昨日のことのように思い出せます。やめとこか、引き返すんなら今や、とんでもない買いもんしてるんちゃうか、という寒々しい気持ちとともに…。
そうして手に入れたのがpower mac 7600/120。今でも新しいマック買うとすごいわくわくするけどこの時は今の比じゃなかったな。会社でみんなでつかうマシンじゃなくて、初めての、自分のマシン。これがいいんですよね。 車好きのひとがマイカー買うときにきっと似てるね。
インストールもメンテナンスもぜんぶ自分でする、これが意外と性に合いました。本もいっぱい買ったし、問題が出てくると困りながらも解決するのが楽しい、そんなオタク(というには甘っちょろいですが)への道を歩む日々でした。
それから世はインターネットの嵐が吹き荒れ、ITバブル、私もその波にのり、というかちょっとぶら下がって東京で就職し、独立し、現在に至る。
それまで何台のマックとつきあってきたかなあ。
windowsが席巻していたころは、Appleの業績も落ち込み、パソコンが売れてないらしいなんで噂を聞くと、さびしかったり、ほとんど信者でした。
しかし、リンゴが虹色からモノトーンになった時は胸がざわつきました。初代imacを初めて見た時、本当にびっくりしたと同時に、今までの渋いマックを知っている自分としてはAppleどうなんの?って不安に思ったことも事実。でもジョブズの復活で明らかにAppleが変わるという雰囲気がびりびり伝わってきましたね。
今になってみればAppleは初代imacを契機に、まだ見ぬiphoneを目標にして突っ走ってきたんだな、と思えます。
macといえば専門職のデザイナーや一部のマニアしか熱狂してこなかったという世界から、サラリーマンや主婦や子供という普通の人々がリンゴマークを日常の中で自然に手にする世界。アップルの人たち、とりわけジョブズはずっとブレずにその世界へのビジョンを持ち続けてきたんだろうなと。そして間違いなく実現した。
まあでもとにかく今一番言いたいのは寂しいってこと。
スティーブ・ジョブズ様。ありがとうございました。なかなか世界を変えるほどのクレイジーさを持てませんが、努力します、少しでも。ご冥福をお祈りいたします。
※おまけ
http://mactracker.ca/
歴代マックのスペックが分かる。起動音も!(パソコンにインストールするアプリです)
9/23/2011
近況〜つぶやけなかったことなど
このまえのエントリ、気障やね。でも消さないよ。みせしめや。毎日ボットしか読んでくれてへんけど。
==============================
ここ数日。
3年保育だと来年から幼稚園で、いまいろいろ考え中。というか時期的には待った無し。でもここ東京でいつまで子育てできるのか。というか幼い今こそしてはいけない場所なのだが。
==============================
19日のデモのニュースやレポート、読んでいる。まぶしい。5万人は遥かに超えていたようだ。参加できず残念。それでもなお、原発の安全性なんていう男のロマンを国連で発表するうちの首相。原発と一緒に宇宙へ飛んで行け。
==============================
避難する、しないについて、時々穏やかでない口論を目にする度、京大小出助教授の「私は口ごもってしまう。」という声を思い出す。案外、人を思いやるということは簡単ではない。小出さんを心から尊敬する。
==============================
恩師の夢を見る。起きてすぐ細かい内容は忘れてしまった。でもなんかすごく悲しくやるせない感じだけが残っている。どんな夢だったんだろう…
==============================
ひさしぶりに美容室に言ってまた店主とトーク。ほかのお客さん忘れてるんちゃうか…とにわかに心配になったので机に置いていた眼鏡を自らかけた。マラソンのQちゃんの逆。
==============================
おかげさまでエンゲル係数の伸びが半端無い。東京電力さんよ
==============================
日本語のラップって全然興味なかったけど、オリジナル・ラブ新譜「白熱」の「カミング・スーン」やばい。ことばがリズムと一緒に飛び込んできて情景が鮮明に浮かぶ体験。「真夜中長電話してモリッシーの話」「耳まですっぽりキャスケット」「乾かないリキテックスの匂い」ってチョイスが個人的に親近感湧きすぎるせいもあるけど。
==============================
でも2番のラップ部分で「けいはんのるひと、おけいはん」って心の中で言ってしまうのは秘密
==============================
雑誌はめったに買わなくなったが、表紙に淹れている最中のコーヒーポットが写っていると思わず買ってしまう法則があり。今でてるクウネル、久しぶり。B&D復活しないかな〜
==============================
あと、お菓子とかに「はちみつ」と書いてあると立ち止まってしまうくせもあり。マーケティングの人、メモっといて。読んでへんわなこんな僻地ブログ…
==============================
雑誌でつくづくおもうけど、数年前から女性誌に付録がつきだしたでしょ、あれからやね買わなくなったの。inRedとかGinzaとか、出た当初は結構面白くて買ってたけど、1年ぐらい読んでると広告が増えだしてつまらなくなってあげくにしょ〜もない付録や。てかもう四十路、InRedやの〜て「壮快」「健康」が買うべき雑誌になってきたで!ってほっとけ!
==============================
もう原発の事うんざり。今日もがんばってパブコメ送った。しかしつかれた。こんなことあんまり考えたくない、もっとアホでいたい。とおもって逃げると奴らの思うつぼ。ときどき逃げるけど、基本的に粘着していく。ブログに書き散らしてたらちょっと元気出てきた。
==============================
==============================
ここ数日。
3年保育だと来年から幼稚園で、いまいろいろ考え中。というか時期的には待った無し。でもここ東京でいつまで子育てできるのか。というか幼い今こそしてはいけない場所なのだが。
==============================
19日のデモのニュースやレポート、読んでいる。まぶしい。5万人は遥かに超えていたようだ。参加できず残念。それでもなお、原発の安全性なんていう男のロマンを国連で発表するうちの首相。原発と一緒に宇宙へ飛んで行け。
==============================
避難する、しないについて、時々穏やかでない口論を目にする度、京大小出助教授の「私は口ごもってしまう。」という声を思い出す。案外、人を思いやるということは簡単ではない。小出さんを心から尊敬する。
==============================
恩師の夢を見る。起きてすぐ細かい内容は忘れてしまった。でもなんかすごく悲しくやるせない感じだけが残っている。どんな夢だったんだろう…
==============================
ひさしぶりに美容室に言ってまた店主とトーク。ほかのお客さん忘れてるんちゃうか…とにわかに心配になったので机に置いていた眼鏡を自らかけた。マラソンのQちゃんの逆。
==============================
おかげさまでエンゲル係数の伸びが半端無い。東京電力さんよ
==============================
日本語のラップって全然興味なかったけど、オリジナル・ラブ新譜「白熱」の「カミング・スーン」やばい。ことばがリズムと一緒に飛び込んできて情景が鮮明に浮かぶ体験。「真夜中長電話してモリッシーの話」「耳まですっぽりキャスケット」「乾かないリキテックスの匂い」ってチョイスが個人的に親近感湧きすぎるせいもあるけど。
==============================
でも2番のラップ部分で「けいはんのるひと、おけいはん」って心の中で言ってしまうのは秘密
==============================
雑誌はめったに買わなくなったが、表紙に淹れている最中のコーヒーポットが写っていると思わず買ってしまう法則があり。今でてるクウネル、久しぶり。B&D復活しないかな〜
==============================
あと、お菓子とかに「はちみつ」と書いてあると立ち止まってしまうくせもあり。マーケティングの人、メモっといて。読んでへんわなこんな僻地ブログ…
==============================
雑誌でつくづくおもうけど、数年前から女性誌に付録がつきだしたでしょ、あれからやね買わなくなったの。inRedとかGinzaとか、出た当初は結構面白くて買ってたけど、1年ぐらい読んでると広告が増えだしてつまらなくなってあげくにしょ〜もない付録や。てかもう四十路、InRedやの〜て「壮快」「健康」が買うべき雑誌になってきたで!ってほっとけ!
==============================
もう原発の事うんざり。今日もがんばってパブコメ送った。しかしつかれた。こんなことあんまり考えたくない、もっとアホでいたい。とおもって逃げると奴らの思うつぼ。ときどき逃げるけど、基本的に粘着していく。ブログに書き散らしてたらちょっと元気出てきた。
==============================
ラベル:
memo
登録:
投稿 (Atom)