千里中央哀歌

今日は豊中市長選挙投開票の日。

市長が誰になろうと再開発は進むし、もうここの市民でもないのでいっても仕方がないのだが、私は磯崎新の彫刻と千里センタービルと、ゲーセンと映画館と純喫茶のあるセルシー、千里阪急ホテル、さりげなく張り合ってるような大丸と阪急百貨店があるかつてのせんちゅうが本当に本当に大好きでした。

再開発というとタワーとショップ&レストラン、あとは芝生の広場「にぎわい創出」。まるで判を押したよう。強迫観念か創造性がないのか大手ゼネコンのやっつけなんか知らんけど。街の歴史も個性も何もかも全部白紙の更地にし標準化することの何が開発なのか、そもそも必要なのか、街づくりのまの字もない日本各地の様子にただ立ち尽くすしかない。

北大阪急行延長で新駅の箕面萱野駅ができ、それを大成功に見せたいがためなのか近隣からのバスのルートが激減した。必然的にせんちゅうを訪れる人は減った。計画的に寂れていった感じだ。しかし鳴物入りの新しい駅は大手チェーン店ばかりで全くつまらない。導線も無駄に長ったらしく、歩いた先に大した発見もない本当につまらない場所だ。乗った客に萱野でおいしいもんなに?と聞かれるとタクシーの人は困ると言ってた。







今年に入って2回ほど千里阪急ホテルにはお世話になった。いろんな人が名残を惜しんでTwitterに写真をあげていたが本当に素晴らしいホテルで、これを無くす阪神阪急Hは見る目がない。センスがない。改修して続けていけばどんだけの財産になるだろうと思う。今の日本にはこんなに素敵な優しさと気品と愛らしさのあるホテルを1から作り上げることなど到底無理だろう。そんな知性も感性も、どこにもないのではないか。





阪急百貨店は改装して残ると聞くが、今の緑の壁に白いV字が並ぶ意匠がとても良い。こじんまりと小さいけど百貨店の矜持があって、梅田まで行かんでも近隣ならちょっとええもんを買えるのがいい。たまに里帰りして行ってみると、聞こえてくるお店とお客さんの会話が地元でずっと育まれた安心感そのもので得難い。

昔のクリスマス時期のせんちゅうが子供の私にとってそれはそれはキラキラしてて夢のようだったのはセルシーと阪急があったからやと思う。

ずっと放置されてたセルシーも囲いができ完成予想図があったが、箕面萱野駅そっくりの、芝生広場のある高層ビル群だった。

つまらない。

こんな場所は掃いて捨てるほどある。

嘆いてもしょうがないことはわかっているが寂しくて残念で悲しく、悔しい。

再開発の名の下に、くだらない画一的な見栄っ張りの成金趣味の強引で無粋な建設事業が行われ、どれだけの美しく得難い風景が捨て去られたことか。

品川の原美術館、日比谷公園や大阪城公園、上野公園の改悪、九段の学士会館。お茶の水の山の上ホテルは奇跡的に明治大学が購入して守られそうだが本当に稀有な例だ。

老朽化を印籠のように掲げ、危ないなら壊すしかない、で思考停止して、もちろん自分の土地でも建物でもないのでなんの権利もないのだが、もう少し感性のいい多様な街づくりがあってもいいだろう?そういう方向に利益重視の民間企業が向かないのなら、行政が税金の力で育んでいってもよかろう?

負け犬のとおぼえだな。





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