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身代わり

通販生活にこんな詩が載っている。 [原発を語るとき] 廃止論であろうと/再開論であろうと/原発を語るときは/心を福島に置いて語る習慣を/身につけよう 福島でつくられた原発電力は/東京で消費されたから/つまるところ/福島の子たちは/東京の子たちの身代わりになった/福島の親たちは/東京の親たちの身代わりになった/大阪で消費される原発電力はどの県でつくられているのだろう/ 〜中略〜 福島の子たちを棚に上げて/原発を語ることの/恥ずかしさよ (「通販生活」パッケージ表紙より引用) 通販生活は震災前も今も変わらず発言力を自覚して、ごまかさずに社会問題に対する意見を堂々と表現していて相変わらずすごいなあと思う。 上記の「詩(?)」は、感動したと言うコメントとともに2・3日前からtwitterに流れてきていてそれで知った。 私は全く逆の感想だった。あんまりにも心が鬱々としたので、自分なりに書いてまとめて多少なりとも気持ちを落ち着けようと思う。 これまで原発に無関心だった大人たちの、私たちの責任は重い。 しかし、「福島の子たちは東京の子たちの身代わり」という言葉は、 東京で子育てしている自分には到底受け入れられない。 福島の子が東京の子の身代わりという言葉は、 私の子が福島の子供を犠牲にして生きている、と言われるのと同じである。 福島の子ではなく、東京の子が被爆するのが当然だと言われるのと同じである。 少なくとも東京の親である私はそう受け取った。 どこに住んでいようと、どんな理由があろうと、被爆していい子供など一人もいない。 身代わりになっていい子供は一人もいないし、 誰かを身代わりにするという罪を子供にきせることは許されない。 福島の子供が被爆を余儀なくされていることを、 自己犠牲という「美談」に仕立てたくない。 今の福島の子供の状況は一刻も早く変えなければいけないことであって、 本来あってはならないことだ。 身代わりに「なった」などと過去形で、評価しまとめていいことではない。 そして「子供が子供の身代わり」という言葉は、 子供を必死で育てている親をひどく傷つけ打ちのめす言葉だ。 通販生活の詩は、原発について語り考える時は必ず福島のことを思え、という。 ...

わたしのリンゴな思い出

7600/120が私の初めてのパソコン。ネットはまだダイヤルアップのモデム。 それはまだリンゴマークが虹色のころ。初めて就職した印刷会社のデザイン室で出会いました。DTPへの過渡期で、まだ紙の版下がほとんど、完全には移行できていませんでした。グラデーションもマックで作るけどデーターで入校というのはできなくて、版下の会社に発注してたんやもんな。 その会社にあったmacの中でもとりわけQuadra 700がお気に入りでした。スリットの入った筐体がかっこ良くて。数十名いる職場にマックは4〜5台だったと思う。今日はやばい、ってときは前もって予約したり。 処理能力が今と違って遅いから、プリント出すってなったら、コーヒー入れにいって休憩。ぐるぐる回る時計の針のカーソルもどんだけ回るかってぐらい。でもそれが普通でのんびりしてたなあ。アイコンやアラートの文章、なにもかもがかわいかったな。sad mac一度も見たことないのが残念なぐらい。フリーズすると出てくる爆弾マークとか当時は顔面蒼白になったけどOS漢字トークのUIはほんとに愛らしい表現でいっぱいでした。 それからすごい早さでDTP化が進んで、版下や製版フィルムなんかの概念がかわっていき、印刷工程ってもの自体が劇的な変化を遂げた。会社としても対応していくのは大変だったと思います。まさにAppleが世界を変えた、その一端を経験しました。 そのうち、会社を辞めることになり、思い切ってパソコンを買いました。 買うまでものすごい悩んで、スペック何度も確かめました。当時としてはメモリの拡張性が高い、ということで思い切った。35万円ぐらいしました。当時マックはパソコン界のポルシェって言われてたからなあ。 日本橋のソフマップへ、大金握りしめてこわごわ買いに。三菱モニターとキャノンのプリンター、当時は唯一A3ノビが出力できるカラープリンターをセットで買って締めて45万円ぐらいだったかな。 店員さんがカウンターで数えていた40数万円の映像は今でも昨日のことのように思い出せます。やめとこか、引き返すんなら今や、とんでもない買いもんしてるんちゃうか、という寒々しい気持ちとともに…。 そうして手に入れたのがpower mac 7600/120。今でも新しいマック買うとすごいわくわくするけどこの時は今の比じゃなかったな。会社でみん...

下戸による、あるBARの話

銀座の老舗Bar「樽」には一回だけ行った事がある。 ちょっと思い出があって、今でも夫との語り草になっている。 そこへは彼が、いいお店らしいよ、といって連れて行ってくれた。 私はほとんど下戸で、甘いワインか、ジュース勝ちなカクテルを少ししか飲めない。 1杯飲むとたちまち暇になって、ふと店の奥にあったジュークボックスに向かった。 並んでいるのは超定番のポップスばかり。バーはほぼ満席でみんなわいわい楽しそうにのんでた。音楽聴きたい人なんか全く居なさそうな雰囲気だったけど、私はキャロル・キングの"It's too late"をかけた。それぐらいしか聴きたいと思う曲がなかった。ボーンボボボボ〜ン…あの印象的なベースのイントロが結構いい音で響く。皆少し聞き耳立てている感じがしたのは自意識過剰かもしれない。しかし良い曲だなあ… キャロルが歌い終わってしばらくして、さあ帰ろかとなったとき、いきなり、じゃ〜ん!ユ〜〜キャンダ〜ンス!ABBAのダンシングクイーンが、せっかくの琥珀色したしんみり空間に爆裂した。そしてそれをかけたDJ・推定年齢35歳のサラリーマンが、これでどうだとばかりに鼻息あらく私の方を一瞥して、自信たっぷりに席に戻って行った。 なんというセンス…と思いながらお勘定してもらっていると、マスターがにこにこして言った。 さっきは良い曲かけてくれたね。あの曲好きなの?…わかってるね。 そして「1曲聴いてかえってよ」とマスターが言うと、やがてジュークボックスからイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が流れてきた。 椅子に座らせてもらって二人、ただその曲を、本当のことを言うと聞き飽きているその曲を、聴いた。お勘定も済んでもう帰るだけだったのに。 このBarも、再開発で近く閉店する。その話は数年前に聞いてたのにずっと忘れていて、つい2・3日前、新聞でマスターの淋しげな顔を見つけて思い出した。 再開発という言葉にアレルギーがあると自分でも思う。 老朽化に寄る耐震性の問題などもあるけど、例えば表参道ヒルズに言い訳のように残された同潤会アパートの外装、あれが出来るならなぜ全部そうしなかった?あれを壊すならなぜ潔くすべてを変えなかった?といつも小さく怒りが湧いてしまう。 古い風情のある建物やお店が再開発の名の下に無くなって行く事...

創れ

311以降、映画も、本も、音楽聴くのも、はかどらなくなった。 何見ても何読んでても何聴いても、頭の中が、心のどこかが常にほかのことに支配されてる。 もう二度と戻れないような気がする。 あんなに好きだった映画や本に心が動かない、感情がわかないような状態。 こんなときどうするか。 人が作ったものに何にも心動かされないのなら 心が動くまで探し続けるのではなく 自分でつくってしまえ 音楽でも映画でも物語でも散文でも絵でも彫刻でも… 確かに本当に厄介だ今の状況は。 怒りと恐怖という組み合わせはこれまでの人生であまりなかった。 今までと同じ気持ちでいろいろなことを受け入れられない。 それでもなおこの状態で表現したくなるときそれはどんな意味を持つのだろう たとえばこんなだれもこないブログの片隅に言葉を選びなから散文を放つのでも良い。 心が楽になる。 人の文章が頭に入らない私は、今まさにこの文章をプレビューして読み通してみた。それは今のくたくたの自分でも読みたいと思う文章だった。 これは犬が自分のしっぽで遊ぶようなものだろうか。 それでもいいか、あまりにも疲れているから。ささやかな表現を。

車の中、半分寝ながら

車の中、半分寝ながら電線の踊りを見てる 太陽が木綿の洋服をカンカンに照らす匂い 靴脱いで靴下脱いで後部座席のシートに乗っけて、後続車の運転手に脚でバイバイ 大きい駐車場でトイレ休憩 別にでえへんなあとか思いながら ラジオは歌謡ベストテン ロイジェームスえらそうやから嫌いやった ピンクレディ本当に好きか嫌いかというと実はよくわかっていない それでも踊れる 山に登って思い切り遊んだ あっちょんぶりけがすきでその頃の写真そればっかり 友達の妹の指からトンボ離れない よく見ると首もげてる 海から帰ってきて民宿でみんなでテレビ スイカ冷えてるけどスイカ割りは砂がつくのであんまし 友達が溺れかけてかっこつけて助けに行ってトモダオレ おばあちゃんちへは電車と連絡船で帰った お船のおうどん最高おやつでもお昼でも絶対食べる 新幹線食堂車トマトジュース最高 ずっと座っていたい テレビはすごく面白かったしつけたら 本当にかっこいいひとかわいい人いっぱいいた 子ども時代、最近は楽しかったことばっかり思い出す 前までは嫌なことばっかり思い出してたのに 昔の歌謡曲聴いてたらなんかこんなことを書いてみたくなった あとで消したくなるかもね… 野菜の産地調べたり、水を買ったり、いろんなことに憤ったり、 毎日毎日本当に疲れてます。 時々はこうでもしてちょっと弱音はかないと、電池切れてしまう 本当に世界が変わってしまったな。 日本が、自分に取っての当たり前がすべて変わってしまった。

いよいよ

胎動がおそろしくエイリアンでこわい。 ぐぬー、ぐにょー、もっこー…って感じ。 あと、ぶるるるっ!とかもあるのだが、なんだろう?おしっこのあとの震え?くしゃみ? 夜中にそっと手をおいていたら、丸くかたいげんこつのようなおでこのようなものに お腹の肉ごしに触れてぞくっとしました。グータッチかな。 原監督に似てたらどうしよう。 早くも、いつ生まれてもいい週に突入。おーこわ。 ------------------------------------- おーこわ、で思い出したけどガリガリガリクソンの昭和なおしゃべりが私は好き。 ずっとおじいちゃんおばあちゃんと住んでたんかな。 ひょうたん犬は彼を適当に応援しています。髪型はマッシュルームにしたほうがいいと思うよ。 -------------------------------------- それにしても「○○(企業名)はオリンピックを応援しています」みたいなコピー、「はぁ?それがなに?」ってとげとげしく思うことがある。 「ゴーストワールド」って映画のDVDを買おうかなって思ってジャケット見たら「雑誌○○がセレクト!」みたいなステッカーが貼ってあって買うのがいやになったことがある。 自分で選んでいいと思ったのに、そのこじゃれたステッカーが「この映画はワイらが推薦しているんやで。わいらの手柄やで。」みたいな感じで、うるさいわいと思った。 おんなじことは本の帯とかでも言える。 -------------------------------------- あの映画に何度かでてくる、「道に落ちているジーンズ」のエピソードが何ともいえず好きだ。 今ではすっかり主役級の女優だけど、この時のスカーレット・ヨハンソンの脇役ぶりが子気味よかったんよね。 ロスト・イン・トランスレーションは、ぼけーっとみてたら、しゃぶしゃぶを前に、ヨハンソンとビル・マーレイが何ともとぼけた顔でなんじゃこりゃ食べ物か?、みたいに失笑するシーンがあって、それを見てなぜかすごく腹が立ってしまった。スカしてないで、食え!ぐらい。それでそのあと寝てしまって最後まで見ていないので本当はいい映画だったのかもしれない。 ---------------------------------------- 矢野顕子新作「akiko」聴く。 私は彼女の作品の中では、近年まれに見る傑作・意欲...

なんで坊や

友達が、3歳の息子さんをつれて、遊びに来てくれた。 さまざまなベビー用品を譲らんと、はるばる自家用車で来てくれたのだ。 大感謝しつつ、お昼ごはんを作って迎えた。正確には作ってる間待ってもらったんだけど。 その3歳のぼくちんは最初はひとみしりしてたけどそのうち本領発揮しだした。 私とママさんがしゃべりこんでいたら、間に入って奇声を発し、「おしゃべりやめええええ!」と号令。 自分が阻害されていると思うのか、嫉妬からなのか。 あのね、大人同士のお話もあるんです。とママさんがこんこん言い聞かせている。 そんなこんなで、私にも慣れてくれていろいろおしゃべりする。 そうすると、ことあるごとに、「なんで!」と聞いてくる。 「なんで病なんだよ、今」とママさんは苦笑する。でも私は心に決めた。全部答えると。 絶対負けないと。 ぼくちん「このDVDこわい?」私「こわくないよ!」ボク「なんで!?」 これはね、この人がお姫様で、矢を持っている人が正義の味方で、黒いひげの人が悪い悪いやつで、 最後やっつけられるから。すごいかっこいいよ(悪役のほうが)。…映画「ロビンフット」の説明。 「じゃあこれこわい?」「うわ~。それこわいよ!見ないほうがいいよ絶対!」「なんで!」 だって顔がこんなこんなで(と形態模写)、こんなぐちゃぐちゃなお化けが出てくるんだよ(ホントはおもしろいんだけど) …ゾンビ映画の説明。 といった調子だ。 (彼はとにかく映画のDVDのジャケットに夢中なのだ。テレビで流れている映画の予告編も、よく覚えていて驚いた。) それがのべ30分は続いたのではないだろうか。 口の中が渇いてきて上唇が前歯に引っかかる頃、漠然と思った。 彼は本当に答えが聞きたいわけじゃないのかもな、と。 それが証拠に、私が答えてもそれ以上突っ込まないし、あんまり聞いてないようにも見える。それよりも、もう次の「なんで」発射を準備しているかのようなのだ。 以前、内田樹氏のブログでこんなことを読んだ。小津安二郎の映画のなかの夫婦の会話が素材だったと思う。その会話の内容それ自体のたわいなさを例にあげて、人は時に、ただ相手とやりとりをしたい、コミュニケーションしているという実感を得たいから会話をするのだ、というようなことを。たとえばその時の会話はえんえん天気がいいですね、そうですね、の繰り返し。 議論とはちがって内容はどうで...

最近のつれづれ

大都会東京の花の銀座のお店の人にむかって、 「 プラッチック ですか?」って言ってしまった。 大阪でも使ったことないのにーーー。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「バガボンド」19巻を間違って2回買ってしまったとき、私の中でなにかが終わった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「越境者・松田優作」松田美智子著、読了。呆然となる。あらためて彼の死が本当に惜しまれる。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 新銀行東京のことを考えるとほんとうにはらわたが煮えくりかえって寿命が縮まりそうだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 電気グルーブ 「モノノケダンス」PV のラストに衝撃を受ける。 現代思想の人が小一時間語れるほどのオチだ。(たぶん) ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 町山智浩さん によると、ジョージ・A・ロメロのゾンビシリーズは、60年代の第一作から今年公開される最新作に至るまで、常に、その時代時代におけるアメリカの社会問題のメタファーになっているそうだ。監督が実は非常に社会派な人で、自身がそう解説しているらしい。 たとえば'78年の「ドーン・オブ・ザ・デッド」は、その時代に発明され次々と生まれた大型ショッピングモールにより、消費文化にどっぷりつかって思考停止に陥ってしまった人々への警告だというのだ。 昔ながらの個人商店は仕事を奪われ、地域の人々はやること(仕事)がなくなる。地元の客も買い物をしながら交流することもないから静かになる。商店街はシャッターだらけの廃墟と化し、暇になった人々は休みになると目的もないのにただただモールをうろつく。その様子がゾンビの暗喩になっているらしい。モールに行けば衣食住のあらゆるモノがそろうので、人々は欲望の赴くまま、何も考えずにそこへ歩くのだ。 メジャー資本による大型商業施設は地方色をどんどんと消していき、その地元ならではのものは消え、町は均質化されていく。まるでじわじわと、ウィルスのように地方を侵食していく。やがてどこへいっても同じような風景がたちあらわれる。「ドーン・オブ・ザ・デッド」はそんな未来への警鐘だったらしい。 もちろん、こんな理屈を考えないで見たほうが面白いわけですが。 私は町山さんのポッドキャストを通してこの話を2回聞いたが、このお話自体が何度聞いても面白い。同時にとても耳が痛い。 そして、「再開発」に...

袋いらんいらん詐欺

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一点の曇りもないお休みがほしい。 ・・・・・・ 夜遅く、スーパーのレジ、私の前はヨタヨタしたおっちゃん。 帽子と髪の毛の境がよくわからない頭のその人は、缶入り酎ハイひとつと菓子パンをカゴに入れずカウンターに置いている。 歯がぐしゃぐしゃで、口はもごもご動いている。 「袋はお持ちですかぁー?」とレジ係のお嬢さんが高らかに聞く。 もごもご、と口を動かして、あいまいに手をふるおっちゃん。 「ご協力ありがとうございまぁす。2円お引きしまーす」 このスーパーではレジ袋いりません、というと2円引いてくれるのだ。 「189円になりまーす。ありがとうございましたー。」缶チューハイとパンにシールを貼りながら、 レジの女店員はいそいそと次へいこうとした。 しかしおっちゃんはどかない。もごもごと口を動かしながら立ったままだ。 そして手をふらふら振ってどこかを指さしている。 え?と怪訝なレジの人。不思議な間。 おっちゃんのぶるぶるの指先、それを心の点線で結ぶ…レジ袋だ。 レジ袋の積んである方をひたすら指さしているのだ。 「あ…ありがとうございました…」全く納得のいかない表情で、袋を手渡すレジの人。 おっちゃんは変わらぬ口モゴモゴでのっそり去っていった。 いらんゆーたやん!!2円得してるやん! 私は叫んだ、心の中で。 しかし思い返すに、鮮やかなお手並みだった。 レジ袋不要→2円引く→やっぱり袋いる。 有無を言わせないその指先、まるで仙人のようだ。 新手の、華麗かつスマートなキャッチ・ミー・イフ・ユーキャンだった。 (完)

枯れ葉散る白いテラスの午後3時な近況

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ほんと、クライマックスシリーズって思ってた通り、しょ〜もなかった。 阪神3位です。もう3位なんです。ほっといてください。 なんで2回もよけいな試合してそれを思いしらなあかんのか… 後半のあの連敗っぷりをみてたら万が一CS勝ち抜いても日本一になれるわけない。 しかし、セのCS、実際、パリーグに比べて盛り上がらないのはなんでだろう。 ・・・・ 家の近所にある唯一の古道具店で、書類引き出しを買った。 うろうろその周りを歩いていたら、「気になってらっしゃいますね。負けますよ」って いつものお店のご主人にやんわり指摘されて、買います、となった。 銀座伊東屋の古い銘入りで、っていってもアンティークとまではいかないもの。 店の床に座り込みエアパッキンとひもで丁寧に梱包をしてくれているご主人にふと、「骨董市とかには出店されるのですか」と訊いた。 ご主人は、最近は行く数が減った、と言われた後、ぽつりと「手伝ってくれる人がいなくなったもんで。」。 絞り出すような声で奥さんが亡くなったとおっしゃった。 私は思わずしゃがんで、ご主人の梱包を手伝っていた。 そうして、たそがれながら、うんしょうんしょと持って帰った引き出し、 さあ、A4の書類とかがんがん整理するぞ、と思ったら、微妙に入らないサイズだった。 でもペン立てのペンとかを全部しまうことにして、いい感じのサイドチェストになっています。 ・・・・・・ デジカメを買った。土日はだんなさんとぐるぐる散歩して撮影会というのがここ2週間ほど続いている。すごい楽しい。 私はデジカメの新しめの機種を、夫はコンパクトフィルムカメラのかつての名機、中古のcontax T2を買った。 昔憧れてたけれど高すぎて手が出なかったカメラが、2・3万円で手に入るんだもんねえ、と感慨深い。 新宿の某カメラ店に行って、そこで店員さんと1時間位以上は話してたかもしれない。 ずっと迷ってた機種について思っていた疑問を全部ぶつけた。 すごくいい店員さんで、私の思いをすべて受け止めてカメハメハのように返してくれた。 もうまよわない。悔いはないわ!と購入に至った。ありがとう、MカメラのKさん。 あのとき、Kさんと実機を占領してすみませんでした。 そうして買ったリコーのGX100はほんとうに気に入ってすばらしいカメラだと思うが、 だんなさんのT2の佇まいはやはり格別に感じる。 ・・...

依存

ぽっかり時間が空いたので近所で顔をきれいにしてもらいに行った。 ディープクレンジングという種類の簡単なもので、近いし、安そうやしええかな、と思って。 そこは、「なんとかクリニック」とかいう名前なのだが、今思えばこのカタカナが曲者だったのかもしれない。 受付前のテーブルについて待っていると、向かいに常連らしき女の人が座った。 親しげにスタッフの女性としゃべっている。やたら、なになに先生とどれぐらいの時間会えるか、みたいなことを話している。 私は受付で3千円ぐらいのフェイスエステコースだとはっきり言っているので、簡単だな~と思っていたら、 「お待ちのあいだこちらをかけるだけお書きください…」とカルテらしきものを渡される。 内容は結構詳しく、初診の病院で書く問診表みたいなもの。 適当に書こうと思っていても、内容が内容だけに気になってしまい、つい、予想以上のことを書いてしまいそうになる。 たとえば、「美容」の項目に「気になること…しみ、しわ、たるみ」に混じって「生理痛」みたいな項目がまぎれている。 最後の項目は「心のなやみについて」などという質問だ。 こんなことをつらつら聞かれて、年が年なので、気にならない項目などひとつもない。 家庭の医学という本は不必要に読まないほうがよい、何でも病気やと思うから、とよく子供の頃に母に言われていたが、結局そういうことだ。 病は気から。でまさに気から病になりそうなアンケートである。 担当の先生はとても美人だが目は優しそうで親しみを感じる。 「きょうはどうされますか…」とさっき書いたカルテを見ながら言う。カウンセリングと言うやつ。どうされるもなにも、顔だけでええのに、と思っているうちに案の定、質問の矛先が結構立ち入ってくる。 なんでそこまで答えなあかんの、と焦りつつ、つい、「顔のゆがみ」と顎関節症の名残について話した。 すると、ピンときたかのように、「人体図鑑」的な骸骨の絵のある本を取り出して説明を始め、「よろしければ今日、体の筋肉を開放するコースもできますよ」などといわれる。 リハビリ療法にも通じるものだそうで、思わずお願いしそうになるが、なんとか「それは今度にします。」と断る。 そしてやっとこエステをしてもらう。ベッドに半裸で横たわり、布団をかけられ、仰向けに寝て、先生は頭のあたりに座っていろんな器具やら化粧品で施術する。 目をつぶってさ...

37年ぶりの再会

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愛しいそいつは、いつもと同じふてぶてしさで、晴天の下両手を広げていました。 大阪万博1970年の思い出。 覚えているのはまず、くねくねオブジェの大きな串刺し風彫刻があったこと。 母になんども「あれはうんこ?それどもおでん?」と尋ねていた。 心の中で、おでんじゃないほうがいいな、と思いながら。 次に、逆光で影になったおじいちゃんの横顔のシルエット。真っ暗な中で、360度たくさんのテレビが一斉に動いているようなところで。恐ろしくて帰ろうと泣きながら訴えた思い出。 そしてエスカレータ。とにかくエスカレータにひたすらのっている思い出。ゴジラのような怪獣のそばを通り過ぎた。暗くて、いろんな変な音がしてて、やっぱり怖くてしょうがなかった。 3歳の時のこういう印象。まぼろしのような、思い込みのような、脳裏に焼きついた万博での映像。もういい大人になってから、ヤノベケンジさんの万博プロジェクトを皮切りに、最近の万博記録映画DVDなどで、あらためてこのまぼろしが現実として補完されていった。でもあの時から繰り返し信じてきた自分の実体験、実感のようなものを変えたくない気持ちもある。 数年前から太陽の塔の内覧ツアーのことは知っていて、いつか、と思いつつ、東京に移住したためなかなかかなわなかった。もう一度塔の中に実際に入って実感できるチャンス。今年を逃すとしばらく見られないと言うのを聞き、思い切って予約した。 見学当日。晴天。風、強し。 内覧証をツアーコンダクターの方にいただき、塔へと赴く。 当時の地下展示室から続く本来の入り口が埋められているので、今回は塔の根元のドアからはいる。 ひんやりした内部に一番乗りで入る。頭上には真っ暗の中、水牛の角のような蛍光色の「枝」が浮かび上がっている。岡本太郎の絵そのものだ。お客さんが全員入ったところで入り口が閉められ、ふっと灯りがついた。 おお…とため息と歓声があがる。いろいろな飾りがすでに取られてしまっていて寂しくなった生命の木が見える。当時のぎらぎらした、怖いようなエネルギーを必死で重ね合わせる。 ガイドの人が当時のこと、太陽の塔(日本館)の規模などについて慣れた調子で説明してくれた。あらためてその荒唐無稽さに驚く。現在は塔の上まで上れないと知った時はなぜ?と思っていたが、説明を聞いて納得。かなりの広さの地下展通路が埋められ、塔の腕の出口もふさがれてい...

日本沈没の思い出

ある日の午後、背広姿の父が珍しく、「映画とボーリングどっちがいい?」って。私、元気よく、えいがー!と挙手&絶叫。 近所のショッピングモール内にある小さな映画館へ家族で行きました。 妹は赤ちゃんだったので家で寝ていたのか一緒にいたのかは忘れた。 しかし場内が暗くなりさんざん予告編が流されただけで、子供のわたしにはもう充分だった。幼かった私は映画が観たいというより、暗闇で映写されるというその状況に身を置きたかっただけだった。 それより6時からはじまる「ダメおやじ」が見たくてしょうがなくなる。暗闇のいすの上でもんどりうち「ねえ、帰ろ帰ろ、ダメおやじあるから帰ろ」。さぞかし迷惑な子供だったであろう。 しかし、気がつくと「なにじんやろ?」と思うほど濃い顔の男の人(藤岡弘、)の尋常でないがんばりようにどんどん引き込まれ、黒焦げの死体にショックを受け、いつしか「ダメおやじ」への思いは遠のき、最後まで観てしまう。 あーあ、(主役の男女は)おんなじ電車に乗ってるのに…会えるんかな…電車に乗って逃げても地面はちんぼつでなくなるのにどうなるんやろう…あの黒こげのにんげんはほんものかな… とラストで思ったことをいまだに覚えている。 そしてその日の明け方。ふとカラスの鳴き声で目覚める。カア、カア…。映画の中で見た映像、異変を予知した鳥の黒い群れが逃げていく、その不気味なシルエットとたくさんの泣き声…が頭に浮かぶ。こわいー!こわいこわい…未明のふとんのなかで泣いてしまう。 母が泣き声に気がついてどうしたん、と寝床にきてくれた。「にほんが…ちんぼつする…」しゃくりあげ。 母は大丈夫大丈夫、あれは鳥さんがおうちに帰っていく音やで、と。 以上、私が幼稚園か小学校一年生頃に観た映画「日本沈没(1973年)」の思い出。ほんまにこわかったんです。

ねこさらい

近所のアパートから猫を抱きしめた年配の女性がゆっくり出てくるところに鉢合わせた。 「みつかったんですか!」と思わず見ず知らずのご婦人にむかって声をかけてしまった。 1ヶ月ほど前に「猫が行方不明」の手書きポスターを、そこで見たのが気になっていたのであーる。 ポスターの猫はそのアパート前の道でしょっちゅう寝そべっていた猫で、片目がなかった。いつ出会っても擦り寄ってくるので私ら夫婦は「ナツキ」と勝手に呼んでいた。 「この子はね、10日もいなくなっていたけど戻ってきました」ご婦人はふつうに答えてくれた。 そっから立ち話。10分は。 最近は動物実験用や三味線用に、猫をまとめてさらっていく人がいる、という。 「三味線なんかいまだにあるんですか?」 「この子は去勢したからね、使えなかったんですね、それで捨てられてたの。警察のところに。」 アパートからその警察署まではたぶん10キロは離れている。よくみつかったなあと頭をなでてやる。 人間二人が自分の話をしていることにすっかりご満悦のよう。頭をうしろへそらし腹を出してご婦人の腕に甘えている。 「あの子はこの子のおにいちゃん。こら、チー!おりてらっしゃい、チー!」 すぐ横の建物のひさしの上で、うでをのばしてなめなめ、別の猫がくつろいでいた。無視だ。 生きている猫をさらうなんてねえ、とご婦人は嘆くこと仕切り。怪しい人はみんな警察に言えばいいんですよ、わたしは車のナンバーとか全部メモしてる。1ぴきにつき100万、えさをあげるのを邪魔しても50万罰金なのよ。 ほんまかなあ、と思いながら最近そういや近所のノラも見なくなったなあと考えてたら、 チーがいつの間にか足元にいて「なんだよ呼んだから来たのによ」という顔でにゃーとないた。

マジ:デザインとディレクション

他人が窓ガラスをワイパーで拭き掃除しているのを、ぼうっと眺めているとする。 ワイパーが通ったところはきれいに透き通り、まだこれからのところは曇っている。 だんだん曇っているところが少なくなってゆく。 そのうち、微妙に拭き取られていない中州のような曇り部分に目がいく。 いったん気がつくと、その中州が妙に気になり始める。いつ拭くか、ああ、近くを拭いた!と思ったらまた忘れてる、 という具合にちょっとそわそわしてくる。 拭き手の顔を見ると、自信満々に作業を続けているのでそのうち気がつくだろう、と腰を落ち着ける。 ところがどうしたことか、いつまでまってもそのわずかなエリアを拭こうとしない。 どうでもいいことなのに無性に気持ちが悪くなってつい声に出していってしまう。 「ここ、この部分、拭いてよ。」 私が拭いても誰が拭いても、結果的にガラスはきれいになる。 少し位中州が残っても、結果的に掃除は無事終わる。 誰の拭き方が正しくてまちがっているということはいえない。 微妙にデザインを直してほしいと言われたとき、いつもこのことが過る。 特にデザインが出来、デザイナーの仕事も兼ねているようなアートディレクターのもとで、自分がいちデザイナーとして仕事をする時、どうもうまく行かない。 そのデザイナーがデザインしても私がデザインしても結果的にはデザインは出来上がる。デザインに唯一の答え、というのはない。(といっても沢山答えが有り、誰でもピカソ、などと牧歌的なことを言っているのではない。) どちらがより正しいととは言えないレベルでしかない時、(レイアウトの細かい調整や抽象的な雰囲気の話など)もうその人が実際に手を動かさない限り接点を見いだすことができないような、迷路に陥ることがある。 不承不承言う通りにするしかないのだが、私はマウスのカーソルか、と思うこともある。 大本のコンセプトメイキングや方向性の導きではなく、オブジェクトのミリ単位の位置にばかり終始することをディレクションだと思う人は意外と多い。 逆に自分はアートディレクターの肩書きで働いたことがあるが、つくづく出来ていなかったと思う。 どうでしょうか、とデザイナーからデザインを見せられると、すぐこれもありだな、と思って「ウン、グー。」と認めてしまう。 そのデザインに意見があればいろいろとコメントするが、基本的にはそのデザイナーの考えや決め...

わんことは

ゴールデンウィーク終わりかけを見計らって、大阪に、だらけに帰省した。 実家の犬(ミニチュアダックス・メス)はもう8歳、ついにシニア犬。 歯が生まれつき弱くて久しぶりに見たら大部分が抜けててびっくりした。 相変わらず口は臭いが、ペット用の水に混ぜるマウスウォッシュのおかげで少しはまし。 ものすごく寂しがりやで甘えたにさらに磨きをかけていた。 家族が外出から戻ってくると、百年ぶりの再会のように大喜びの大騒ぎ。 尻尾を腰がぬけるのではと思うほど振りまくり、終いには逆ギレのように吼える。 「どこいってたん!ほんまにほんまに!心配したんやでええ!!」となみだ目である。 そして途中で必ずなにかを探し出す。なにかというと自分でソファのカバーの間などに隠しておいた 「ほねっこ」などのお菓子をである。 「ああ!えらいこっちゃえらいこっちゃ!はよはよ見つけな!!!!」と大焦りで走り回り、それを見つけ出すとあわててくわえたまま、ターゲットの家族にひっくり返って腹を見せるのです。 かといって口からそれをとろうとすると「ギュ」とかみ締めて離さない。つまり別にいただけるのではない。 一通り騒いでおなかをなでてもらうとやっと落ち着き、そのあと何事もなかったかのように「ほねっこ」をまたソファのどこかに隠す。(隠している途中で目が合うと、シラーと空を見てとぼける。) いつもこの「ほねっこ」を見せにくる行為はなんやろな、と家族と話す。まあ意味はわかるような気もするけど、結果的にこの「へそくり」を私らに渡さないで再びしまいこむというのがちょっとわからない。 「ほねっこを食べてるときぐらいうれしいねん!」ということなのか。 「これ、私の大事なやつ。これをわざわざ見せたってんねんからもうどこも行かんといてや!」なのか。 「ほら、おやつおやつ!!おやつやで!(おやつやったらこっち見てくれるやろ、あげへんけど)」なのか。 いつも思い出すお話がある。何かの雑誌で読んだ獣医さんのエッセイで、その人は家でカラスと大型犬を飼っていたのだか、毎朝大量の犬のおもちゃやカラスの収集物に埋もれて目覚めるそうだ。 朝になるとペットたちが自分の宝物をどんどん飼い主の顔の周りに運んでくるらしい。まるで「こんなに宝物があるよ!起きて起きて!」といわんばかりに。 ちょっとうちの犬のほねっこ騒ぎと通じるものを感じる。それにそんなカラスや犬...

プラスチックのクリスマス

夜コーヒーが切れていて我慢できず 近所のモスバーガーに駆け込む。 持ち帰りでコーヒー2杯とアイスケーキを注文すると 真っ赤な「7番」札を渡された。 そしてクリスマスツリーの横のいすに座ってまってたわけだ。(旧朝丸) クリスマスツリーはプラッチック(←大阪弁←くどい)で、コットンの雪がにょろにょろ飾られている。 子供のころこの脱脂綿を本気で雲のようだと嬉々としてありがたく小さなツリーに飾ったことを思い出した。 プレゼントの包みを模したきらきらしたオーナメントを凝視する。想像を超えた素敵な何かが中に入っているような気がして、いちいちわくわくしていたことを思い出した。 バタークリームのにおい。蝋の溶けたにおい。ぺらっぺらのソノシートで何度も聞いたマッチ売りの少女のお話。 びんぼくさかったし、思い切り勘違いの、昭和日本のクリスマス。 最近はこぞって一般家庭が軒先を飾りつけ、そのイルミネーションの派手さを競うのがはやっているようですが、 どう見てもパチンコ屋みたいで好きになれへん。