下戸による、あるBARの話


銀座の老舗Bar「樽」には一回だけ行った事がある。
ちょっと思い出があって、今でも夫との語り草になっている。
そこへは彼が、いいお店らしいよ、といって連れて行ってくれた。
私はほとんど下戸で、甘いワインか、ジュース勝ちなカクテルを少ししか飲めない。
1杯飲むとたちまち暇になって、ふと店の奥にあったジュークボックスに向かった。
並んでいるのは超定番のポップスばかり。バーはほぼ満席でみんなわいわい楽しそうにのんでた。音楽聴きたい人なんか全く居なさそうな雰囲気だったけど、私はキャロル・キングの"It's too late"をかけた。それぐらいしか聴きたいと思う曲がなかった。ボーンボボボボ〜ン…あの印象的なベースのイントロが結構いい音で響く。皆少し聞き耳立てている感じがしたのは自意識過剰かもしれない。しかし良い曲だなあ…
キャロルが歌い終わってしばらくして、さあ帰ろかとなったとき、いきなり、じゃ〜ん!ユ〜〜キャンダ〜ンス!ABBAのダンシングクイーンが、せっかくの琥珀色したしんみり空間に爆裂した。そしてそれをかけたDJ・推定年齢35歳のサラリーマンが、これでどうだとばかりに鼻息あらく私の方を一瞥して、自信たっぷりに席に戻って行った。
なんというセンス…と思いながらお勘定してもらっていると、マスターがにこにこして言った。

さっきは良い曲かけてくれたね。あの曲好きなの?…わかってるね。

そして「1曲聴いてかえってよ」とマスターが言うと、やがてジュークボックスからイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が流れてきた。
椅子に座らせてもらって二人、ただその曲を、本当のことを言うと聞き飽きているその曲を、聴いた。お勘定も済んでもう帰るだけだったのに。

このBarも、再開発で近く閉店する。その話は数年前に聞いてたのにずっと忘れていて、つい2・3日前、新聞でマスターの淋しげな顔を見つけて思い出した。
再開発という言葉にアレルギーがあると自分でも思う。 老朽化に寄る耐震性の問題などもあるけど、例えば表参道ヒルズに言い訳のように残された同潤会アパートの外装、あれが出来るならなぜ全部そうしなかった?あれを壊すならなぜ潔くすべてを変えなかった?といつも小さく怒りが湧いてしまう。
古い風情のある建物やお店が再開発の名の下に無くなって行く事は数知れない。その度に小さな反対運動などが起こるが持ち主の自由を制約する事はもちろん出来るわけもなく、また自分も無くなると知って初めて残念がったりまた訪れたりする無責任さで、こういうニュースを見るたびにむなしい気持ちになる。
銀座のイメージは、大阪生まれの私に取っては、シャンソニエ、越路吹雪。老舗のバー。職人。「銀ブラ」するママとおめかしした少女。月光荘。画廊。
ずっと銀座に住み、働いてきた人からするとわかったふうなこというな、と鼻で笑われると思うけれど、滋養にあふれた建物や個人経営のお店が巨大資本のありきたりな施設に取って代わる事はなかなか堪え難い。たまには逆のこともあれば良いのに、と思うばかり。そしてその再開発が銀座をどう魅力的にするのか、期待はそこそこにただ見守るしかない。

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