依存

ぽっかり時間が空いたので近所で顔をきれいにしてもらいに行った。
ディープクレンジングという種類の簡単なもので、近いし、安そうやしええかな、と思って。
そこは、「なんとかクリニック」とかいう名前なのだが、今思えばこのカタカナが曲者だったのかもしれない。

受付前のテーブルについて待っていると、向かいに常連らしき女の人が座った。
親しげにスタッフの女性としゃべっている。やたら、なになに先生とどれぐらいの時間会えるか、みたいなことを話している。
私は受付で3千円ぐらいのフェイスエステコースだとはっきり言っているので、簡単だな~と思っていたら、
「お待ちのあいだこちらをかけるだけお書きください…」とカルテらしきものを渡される。
内容は結構詳しく、初診の病院で書く問診表みたいなもの。

適当に書こうと思っていても、内容が内容だけに気になってしまい、つい、予想以上のことを書いてしまいそうになる。
たとえば、「美容」の項目に「気になること…しみ、しわ、たるみ」に混じって「生理痛」みたいな項目がまぎれている。
最後の項目は「心のなやみについて」などという質問だ。
こんなことをつらつら聞かれて、年が年なので、気にならない項目などひとつもない。
家庭の医学という本は不必要に読まないほうがよい、何でも病気やと思うから、とよく子供の頃に母に言われていたが、結局そういうことだ。
病は気から。でまさに気から病になりそうなアンケートである。

担当の先生はとても美人だが目は優しそうで親しみを感じる。 「きょうはどうされますか…」とさっき書いたカルテを見ながら言う。カウンセリングと言うやつ。どうされるもなにも、顔だけでええのに、と思っているうちに案の定、質問の矛先が結構立ち入ってくる。
なんでそこまで答えなあかんの、と焦りつつ、つい、「顔のゆがみ」と顎関節症の名残について話した。
すると、ピンときたかのように、「人体図鑑」的な骸骨の絵のある本を取り出して説明を始め、「よろしければ今日、体の筋肉を開放するコースもできますよ」などといわれる。
リハビリ療法にも通じるものだそうで、思わずお願いしそうになるが、なんとか「それは今度にします。」と断る。

そしてやっとこエステをしてもらう。ベッドに半裸で横たわり、布団をかけられ、仰向けに寝て、先生は頭のあたりに座っていろんな器具やら化粧品で施術する。
目をつぶってされるがままにしていると、合間合間に「なぜこのにきびはこの位置にあるのか」というような説明が聞こえてきて、私のにきびやしみにそれ以上の「意味」「サイン」があるというようなことを次々とおっしゃる。 そういう診断めいたことによると、私の体のこり方やゆがみはいろいろな方向に複雑に起こっていて、問題だらけらしい。だんだん何がなにやらわからなくなってくる。
しかし先生だけはすべてを把握しているような感じ。主導権を握られたような。
仰向けに横たわり無防備な状態だから、なおさら不安と焦りの混じったような気持ちになってくる。
先生の言うとおりしてもらうべきなのかな…などと思い始めたとき、いきなり体を布団の上からばんばん、とこするように払われる。「ベッドにマイナスイオンを通しています」と自慢げに先生は言った。
マイナスイオンは疑似科学といわれて久しい事柄だ。
なあんだ。ここもたいしたことないわ。
その少しのうそっぽさに私は安心し、眠くなった。

病気だと思って病院にいくと「なんでもないですね」といわれ、安心すりゃいいのになぜか悔しくなる経験もあるが、こういうところはその逆なのだ。
たいしたことない、と思っているようなこと、たとえばにきびとか、顔の左右のアンバランスさとか…を、いろいろと引き出した悩みと関連付ける。あらゆることが正され、改善されるべき「症状」になり得る。

不意打ちの形で、悩みの誘導尋問に負けて、なにもかもさらけ出してしまったら、そこにすがらずには居られなくなり、結局気持ちの面で束縛されるような気がする。信じて救われるならそれもいいのかもしれないが、新興宗教と同じぐらい依存性、同質の誘惑があると思えた。

ちなみにエステと謳いながら医療行為的なことをやると法律違反だが、それに関してここがセーフか否かはよくわからない。

帰る道々、最初に受付で一緒に座った、あの先生にすがるような感じの、地味でまじめそうな若い女性のことを思い出す。雰囲気からあの人は、何もかも打ち明けて自分をさらけだし、先生のもとに通い続けずには居られない人のように見えた。 もうどれぐらい通っているのだろう。正直に言うと、やっぱりちょっとだけいってみようかな、などと思うこともあるのだが、そのたびにあの女の人のことが思い出されて予約の電話を入れることもないのである。

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