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いろいろー大阪編ー

●矢野顕子ライブを観にまた大阪にちょっとだけ行ってきた。実家の犬の歯がほとんど抜けててびっくり。でもとても元気で安心した。 ライブはここ数年では私の中でのベスト3にはいるほどよかった。 ●平日昼間は実家でごろごろしてた。美術館とか行く予定だったが体調がよくなかったのと犬が淋しそうなのでつい家にいてしまった。テレビをつけたら大阪独自のワイドショーというか時事問題を斬るみたいな番組が競合しあっててわいわいやってた。そのエネルギーがなかなかすごくて面白かった。独自に取材をしてやんややんや議論してたり。ムーブという番組で広島のドックパークの問題を取り上げてたけどぜんぜん知らんかったな。東京のテレビより元気かもな、地方のほうが。 ●ほんで妹と近くのスーパー銭湯にいった。(またか) 塩サウナ!これすごい! かめに山盛りのあら塩で体中をもみつつサウナ(結構低温で湿気のあるタイプ)でじっとしてる、ってやつ。 まじで肌がすべすべになる。それはもうびっくりするぐらい! ●その風呂で事件があった。 妹とほないこかあーとばかり露天風呂エリアへ足踏み入れたそのとき、あっと私は全裸で凍りついた。 おじいさんが、女風呂なのにおじいさんが五右衛門風呂に入っている。 思わず妹を呼びとめ、あれ、男の人ちゃう…とささやいた。妹も一瞬そうかなおもてた!と息を呑む。まさにその瞬間。その人は私のほうを一瞥し、ざっば~と潜水艦のように水面いや湯面から浮上。 スローモーションで焼きついた映像には2本の長い布状の…お胸がおありでした。 ごめん、だいじょぶ、いこ。何事も無かったかのように私も妹も空を見上げ口笛顔でおばあさまの前を通り過ぎました。…ほんますみません。 しばらくして、ねころび湯という、お湯が一センチぐらいの深さで流れている上に寝転ぶ、湯の床暖房みたいな風呂で、そのおばあさまは寝てはった。1時間半ほど居て、帰りに寝転び湯のほうを見ると、まだおばあさまがおられて、しかもかなり本格的に口をあけて寝てはって、かなり心配になった。

シモキタ

「淋しいのはお前だけじゃない」といえば下北沢。最近知ったのだが(遅い)、今下北沢界隈は都と世田谷区主導での再開発計画で大変なことになっていますね。 下北沢を考えるページ 最近大手開発業者が行政と手を組んで、馬鹿でかい道路や似たような複合商業バブリー施設をいきなりつくる、っていうのが目立つな。 ほんまに必要なもので、地元の人に情報がオープンにされていて、フェアなやりかたであればいいんだけど。表参道ヒルズなんかもう人ガラガラやのに… ドラマはいよいよ最終回が来週に。実在の劇場「スズナリ」が舞台ですが、ここのhpに行くと「閉館の予定はありません」とシンプルかつ力強いコメントがあってなんかほっとしました。

芸人さんの旅立ちとか、昔のドラマとか

ここ3日ぐらいすごく寒い。 気がついたら11月も半分。があああああああ!!! 元フォークダンスde成子坂、村田渚氏が35歳にしてクモ膜下出血での急死、すごくショック。 村田さんのツッコミはただボケを全否定する一昔前のそれではなくて、ボケの面白さを増幅させる、頭の良さを感じさせるクリエイティブ系だったと思います。 お笑いは賢い人でないとできないのではないかな、と思わされる。 そしてつくづく、面白ければ売れるというわけでもないのだなあ、と。 youtubeで在りし日のコントをみて大笑い。そして笑えば笑うほど泣けてくる。合掌。 (それにしても、あるプロモーターのサイトで元ツインカムの島根ただよしさんと村田さんがライブをやる予定だったと知ったが、これはもう、悔しすぎる。ツインカムも同じ時期にすごく好きだったので。) そんなこんなでがっくりきて、なんかさえない気分でいたら久しぶりに風邪をひいてしまったようで微熱が止まず。でもアホほど寝たら復活の兆しが見えてきた。 そいで今はまっているドラマ「淋しいのはお前だけじゃない」(主演・西田敏行、脚本・市川森一、1982年TBS)。スカパーでやってます。すんばらしー!!ですね。 以前から名作だ!といううわさを聞いていたのでやっと全話見られそうでうれしい。 サラ金まみれの人たちがひょんなことから芝居の一座となり…金の切れ目は縁の切れ目、でもその縁がね、というお話。 海外ドラマも大好きで、24とかXファイルとかもすごいけどそういうハリウッドとはまったく逆の良さ。または今のドラマ…マンガが原作のドラマはもちろん、クドカンとか「のだめ」とか、ある意味マンガ的手法で成功しているドラマ…にはない良さ。大げさでない音楽としみじみとした会話と表情の妙、自意識過剰でない演出、泣かせようとか笑わせようとかいう意図をつつましく、時に粋に隠している、そういう本来のドラマみたいなものを堪能しています。キャラ立ちって言葉があるけど、今のドラマはキャラ立ちのためのキャラクター作りという感じがして時々鼻白んでしまう。案外強烈過ぎるせいで何も残らなかったり。たぶん実際にはいないだろーって人だからだろうな。竹中直人のドイツ人とかすごい面白いけど。 「淋しいのは…」に出てくる人たちは平凡な人たちばかりで、だからこそまさしく現実にいそうな人々。地味だけどちょっとづつその人その...

妖怪・寝応対と新しいパソコン、の巻

休日の朝早く、宅急便が届く。 直前まで熟睡していたくせに、まったく取り繕うこともせずそのまんま応対。 目はほとんど閉じてて寝癖も寝間着も何もそのまんま、ぱんぱんにむくんだ顔、声にならない声でうなりながら ただひたすら頷いて伝票にはんこ押す。 終わったら布団に直行の2度寝。 妖怪やで。 寝床で自分の姿を想像してしまい笑いながら、ねた。配達の人、いややったやろな。 午前中に配達してね、って頼んだのは他でもない自分やからね。責任感の強い妖怪です。 日米野球、東尾さんの鼻声が耐えられない。 Windowsパソコン買い替えることになり、この3連休はそれがメインイベントだった。ずっといろいろ物色してて、HPとThink Padに絞り込んで、秋葉原へいき、1時間は居た。店員さんがすごいがんばりやさんで、私の出す「黒、スクエアな感じ、Officeあり、スーパーマルチドライブ、10万円台前半」という指令にそっていろいろ紹介してくれた。でもどれ持ってこられても「ウ〜ん」って感じで本当に姫か私は。店員さんの額にみるみる玉の汗で、気の毒になった。で結局家に帰ってまたひと思案ふた思案して、朝の5時頃にThink Padのネットショップでポチッと購入した。今使っているのがThink Padなので、会員価格で新しめのものも結構安く買えるのです。とはいえ、当初の予算をかなりオーバーしてしまった。清水の舞台から飛び降りる、いや、うろついていたら夫に背中を押され、突き落とされた。購入決定のクリック寸前に「あ!」と叫ぶ夫。ちょっと高いスペックの機種を見つけ出し、値段差が2万円位だったりして、またこれが悩ましいラインを見つけ出すわけ。じわじわと予算のハードルがあがり、じわじわと舞台のヘリに押し出され…結局転がり落ちて下の井戸にうまいことはまって更に落ちたぐらい思い切ったのだが、お尻さすりながらええ買いもんした…と私は笑った。納品が待ち遠しいな。

「普段どおり」は難しい

日本シリーズ、なんやかんやゆーて見てました。 昨日の落合監督マウンド行きまくりも異様でしたが 今日も今日とてしびれる展開でしたね。 日本ハムの同点打スクイズには度肝を抜かれました。 ヒルマン監督はなんかまじめで素朴な(失礼)感じがして素敵です。 きっちりぴったり着こなしているユニフォームとか。なめらかな鼻の下とか… シリーズ前、落合さんはいつもの飄々と人を食ったような顔で「日本シリーズだからって特別なことはしません。普段どおり、いつもどおり、ペナントと同じままやってきてますから」的なことをいってて、 これは手ごわいぞ、中日日本一チャウか…と思っていたのですが フタをあけてみたらばぜんぜん普段とおりじゃなかったみたい。 あんなに抜け目がなくて強かったのに…。 そんなに日本シリーズって特別に感じるものなのだろうか。落合さんほどの図太さをもってしても。 平常心とか普段通りの、ってほんまにむずかしいのだと痛感する。自分たちの野球をする、とか伸び伸びやる、とか常套句となっているこの手の言葉はたくさんあれど、それってなかなかできることではないのかな。 それともそもそも特別な試合で、いつもどおり、なんて無理に決まっている、ってところから試合に望んだほうがいいのかも。 とはいえ、日ハムは見事にいつもどおりやった。外野での新庄選手たちのパフォーマンス(グローブを頭に乗っけて3人集まって井戸端会議)も、第一戦ナゴヤドームで見たときは「負けてるねんからそんな無理やり楽しそうにせんでも」って思ったけど、 あの行動こそ、シーズン中から一貫した姿勢を貫き通すことこそ、落合さんが一番したかった「普段着の野球」につながったんだろうなー。 ほんまに日ハムおめでとう。4連敗やけど中日もえらいがんばった。去年の阪神ーロッテより見ごたえのある面白いシリーズでした。去年は最後のほうは泣きながらテレビ消したもんな。 ところで、マセイヤス(マシーヤス?)っていう黒人の選手。記者会見でいろんな選手にマイクが回り、テレビカメラがその人を追うたびに常に後ろにいる、っていうジョークには大笑いした。誰がアップになっても常に後ろに水泳帽かぶってサングラスしているギャングスターみたいな柄の悪い黒人が無表情な同じ顔で映ってんねんもん。あほやなー。

舟越保武 石と随想

あかんかったね、タイガース。 まあしょうがないか。って1週間たって思えるようになりました。 あーあ、なんかきぃぬけたなあ… 久しぶりに神田の古書街でぶらついた。 DTPでなく、版下全盛期時代の産物である、いろんな罫線や気持ち悪い天使の図案集なんかを買った。 一生使われることはないやろうと油断しているかのような、さまざまに無駄な図案を眺めていると妙な創作意欲がわく。 わくだけでなんにもならへん。 じつはそんなもんよりすごくいい本を買った。 「舟越保武 石と随想 旧龍堂」。出た当初買おうと思っていたのに、すっかり忘れていた本だったのでばったり見つけられたのが嬉しい。 (ここから長い、本の感想) 学生時代、よく行く美術館で、かならずじっくり見に行く常設の彫刻があった。それが舟越保武さんの「病醜のダミアン(ダミアン神父)」だった。ダミアン神父は実在の人物で、ハワイの孤島で隔離された多くのハンセン氏病患者のためにそこに住み、世話をし、自らも同じ病で亡くなってしまった人である。病のため顔が崩れた神父さんがたたずんでいるその彫刻は、とにかくじっと見つめずにはおられない彫像だった。見ていると、その像から発せられているかのように感じる、波紋のように伝わってくる静けさ。美しさ。どうしてそんなに心惹かれるのか自分でもよくわからなかったが、とにかく好きだった。 家に帰って我慢できずに「病醜のダミアン」についての舟越さんの手記だけ先に読む。 「まともな自然な顔形をわざと歪めて作る作家は、もし病によって醜く崩れ変形された顔を描くときはどうするのだろうか(舟越保武著 「石と随想」より)」 この像を作る動機のひとつが、「偉人の功績に感動して」などというものではなく、この語りにあるような、舟越さんなりの「デフォルメシオン(デフォルメ、誇張表現)」にたいする「ささやかな抵抗感」だというのはすこし意外で驚いた。 芸術論でもなんでもない、と述べられているが、私には十分論理的で冷静な動機のように思える。 しかし最後のほうの、助手とともに像を作り上げるところを読んで、その凄みに震えが来た。”いかにして美しい顔の人物を病醜へと変貌させたか”が痛々しくもわかる。舟越さんは「自分が悪魔になったような気持ちであった」と書いている。 そうして生まれた醜く崩...

風神雷神図屏風展

タイガース、なんとかなってる… やばい。 えびゾル。 welcome back, IMAOKA! ========================= 今週のとあるひ、打ち合わせが午前と午後と2つあって、 昼間4時間ほどぽっかりあいたので とりあえず時間つぶそうと、有楽町まで赴く。 駅について、「国宝 風神雷神図屏風」展が出光美術館であったことを思い出し 急遽向かう。 ビルへの道すがら老若男女(おもに老…)がこっちかしらあっちかしらと同じ場所を目指して歩いているのに気がつく。 やっぱり入り口に着くと結構な人だかり。 (実はお昼前だったのでまだましだったよう。) 本物を見るのははじめて。心のなかでは、か?ぜひいてまんね?ん(by カイゲン)とか ふざけてたけど 屏風の前に立つと、ぴた、とそんなおちゃらけもふっとんだ。 すごい。なにも知らずに行ったのだが、一番古い宗達のもの、それから約八十年後の光琳による模写のもの、さらに百年後の抱一の、なんと三作が一緒に展示されていたのだった。 展示パネルもそこそこに、3作の間をいったりきたり、かわりばんこに鑑賞した。宗達の作はやはり素晴らしい。仏像の明王を思わせる雷神の顔。 他の展示物のなかでは、光琳の手による「茶碗絵手本」。 これが私には、まさにデザイナーの仕事だ、と感じられて印象深かった。 横長の紙の左端に梅の枝の部分が描かれている。すこじずつ枝振りを変えながら6種類ほど横に並んでいる。 右3つほどの梅の絵には、すっと一筆で描かれた茶碗のフォルムの中に梅がはまっている。 特に真ん中の梅の枝は茶碗の外にはみ出している。 図録には「勢い余ってはみ出した」とあるが、 私には先に梅の絵を描いて、後から「こお?んな感じで茶碗の正面にみえるといいんだよな?」って言いながらラフに茶碗の線を書き加えた用に思えてならない。実弟のために書いた手本といわれているものなので、ひょっとしたら弟の目の前で、「この梅がこういう風に茶碗に表されるわけ。」って説明しながら書いたのかもしれない。さしずめ、プレゼンテーション? すごく勝手な想像。。でもとても心に残った。 美術館を後にして、まだまだ時間があったので、通りがかった岩盤浴のサロンに飛び込みで入った。 汗をぐっしょりかいて、ざくろジュース、フェイスパックして2時間。平日昼間、貸しきり状態。 つるっつるのぴっか...