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もうとっくにあけとりまんがな!

3月になっても紅白の話題が載り続けている、さすがにまずいと思いエア更新です。 今年もよろしくお願いします! 原発の事も、音楽の事も、シリアスな事も、面白かった事も、 分け隔てなく素直に書こうと思う所存です。

よいお年を。脳内紅白歌合戦2011

紅組がなかなか見つからなかった。。。。 今年と言う年にこだわった曲と単に好きな懐メロが混ざってます。 音源は各自お探しください!(誰が探すねん) 白組 沢田研二/ストリッパー 郷ひろみ/ハリウッドスキャンダル 鈴木茂/微熱少年 布施明/あまく危険な香り(カバー) CRAZY KEN BAND/まっぴらロック 三波春夫/世界の国からこんにちは ザ50回転ズ/まったく話になりません 小坂忠/ほうろう 高野寛/雪解け オリジナルラブ/あたらしいふつう yanokami/Don't Speculate RCSuccession/Love me tender(カバー) 斉藤和義/幸福な朝食 退屈な夕食 エレカシ/昔の侍 細野晴臣/Radioactivity(カバー) 坂本龍一/in the red ゴダイゴ/Where'll We Go from Now ムーンライダーズ/さよならは夜明けの夢に 松崎しげる/愛のカタマリー 細川たかし/望郷じょんがら フライングダッチマン/humanERROR 三橋美智也/星屑の街 はっぴいえんど/さよならアメリカさよなら日本 北島三郎/祭り 坂本九/上を向いて歩こう 紅組 松田聖子/瞳はダイヤモンド 中森明菜/セカンドラブ 吉田美奈子/Uptown いしだあゆみ/バイバイジェット 大貫妙子/Wonderland Miho Hatori/A Song For Kids EPO/百年の孤独 荒井由美/生まれた街で Nina Simone/Ain't Got No - I Got Life 空気公団/風に乗った言葉 越路吹雪/ろくでなし ちあきなおみ/星影の小径 中島みゆき/世情 HIS/日本の人 和田アキ子/悲しい歌 八代亜紀/舟歌 矢野顕子/ごはんができたよ 都はるみ/北の宿 キャンディーズ/微笑みがえし

怒りとエネルギー

怒り。 一時期、感情的になる、ということは恥ずかしい、というのが自分のテーマになってしまい、もともと早口で攻撃的なしゃべり方だった20代、それを直そうと努力。だいぶゆっくりおっとり話せるようになった。そのぶん心も穏やかに落ち着きやすくなった。頭の回転はどんどん遅くなっていったみたいだけど。 そうして40も超えたけれど、時々どす黒い気持ちが爆発したり、自分でもびっくりするぐらい瞬間的に怒りが爆発して罵詈雑言をはいたりしてしまう。たとえば、国会中継とか見てる時に。 心が穏やかで落ち着きやすくなって、感情をコントロールできるようになった、と言うのは思い込みで、 怒りを押さえ込んでいるうちに、自然な怒り方を忘れてしまったみたい。 石原慎太郎が、瓦礫について文句を言う都民は「黙れ」と発言した。老都知事の発言には幾度となく腹を立ててきたが、今回だけは、今までと違う状態になった。すーっと冷めてしまったのだ。自分でもこの時の気持ちがうまく理解できなかった。 このことをツイートしたら友人が怒り続けるにはエネルギーがいると言うことですかね、と言ってくれた。なるほど、と思った。 私はいい加減あの老害に腹を立て疲れたのかもしれないと。 でももう一つ別の側面があるように思う。「黙れ」と言われた。公僕が都民に黙れ、と。絶対に言ってはいけない言葉だと私は思った。すーっとさめてしまったが、この冷たい感情は一種の覚醒した怒りだった。この時の怒りは、ただ荒々しく怒るのではなくて、そうですかそちらがそうなら、私も考えがあります(ほんとは何にもまとまってないけど)とでも言うように、肝が据わった感じだった。彼自身を本当に心の底から軽蔑し、見限った。期待も何も無い。だから怒りようが無い。 それからほどなくして 「僕らの漫画」 を読んだ。私はさそうあきらが大好きで、彼の作品目当てで真っ先に読んだ。何ともタイムリーなことに、テーマは「怒り」だった。「怒り」が文字通りエネルギーに変換される話。私は、自分の行き場も無く出方も分からなくなった「怒り」について考えた。 そして今日。 これ を聞いた。 私は最後泣いてしまった。正直号泣の部類。それはいろんなことが混じった涙。本当に大変なことになってしまったんだ、という強烈な悲しみと、原発事故を巻き起こしてもなお私利私欲に走る人達の存在への悔しく...

身代わり

通販生活にこんな詩が載っている。 [原発を語るとき] 廃止論であろうと/再開論であろうと/原発を語るときは/心を福島に置いて語る習慣を/身につけよう 福島でつくられた原発電力は/東京で消費されたから/つまるところ/福島の子たちは/東京の子たちの身代わりになった/福島の親たちは/東京の親たちの身代わりになった/大阪で消費される原発電力はどの県でつくられているのだろう/ 〜中略〜 福島の子たちを棚に上げて/原発を語ることの/恥ずかしさよ (「通販生活」パッケージ表紙より引用) 通販生活は震災前も今も変わらず発言力を自覚して、ごまかさずに社会問題に対する意見を堂々と表現していて相変わらずすごいなあと思う。 上記の「詩(?)」は、感動したと言うコメントとともに2・3日前からtwitterに流れてきていてそれで知った。 私は全く逆の感想だった。あんまりにも心が鬱々としたので、自分なりに書いてまとめて多少なりとも気持ちを落ち着けようと思う。 これまで原発に無関心だった大人たちの、私たちの責任は重い。 しかし、「福島の子たちは東京の子たちの身代わり」という言葉は、 東京で子育てしている自分には到底受け入れられない。 福島の子が東京の子の身代わりという言葉は、 私の子が福島の子供を犠牲にして生きている、と言われるのと同じである。 福島の子ではなく、東京の子が被爆するのが当然だと言われるのと同じである。 少なくとも東京の親である私はそう受け取った。 どこに住んでいようと、どんな理由があろうと、被爆していい子供など一人もいない。 身代わりになっていい子供は一人もいないし、 誰かを身代わりにするという罪を子供にきせることは許されない。 福島の子供が被爆を余儀なくされていることを、 自己犠牲という「美談」に仕立てたくない。 今の福島の子供の状況は一刻も早く変えなければいけないことであって、 本来あってはならないことだ。 身代わりに「なった」などと過去形で、評価しまとめていいことではない。 そして「子供が子供の身代わり」という言葉は、 子供を必死で育てている親をひどく傷つけ打ちのめす言葉だ。 通販生活の詩は、原発について語り考える時は必ず福島のことを思え、という。 ...

わたしのリンゴな思い出

7600/120が私の初めてのパソコン。ネットはまだダイヤルアップのモデム。 それはまだリンゴマークが虹色のころ。初めて就職した印刷会社のデザイン室で出会いました。DTPへの過渡期で、まだ紙の版下がほとんど、完全には移行できていませんでした。グラデーションもマックで作るけどデーターで入校というのはできなくて、版下の会社に発注してたんやもんな。 その会社にあったmacの中でもとりわけQuadra 700がお気に入りでした。スリットの入った筐体がかっこ良くて。数十名いる職場にマックは4〜5台だったと思う。今日はやばい、ってときは前もって予約したり。 処理能力が今と違って遅いから、プリント出すってなったら、コーヒー入れにいって休憩。ぐるぐる回る時計の針のカーソルもどんだけ回るかってぐらい。でもそれが普通でのんびりしてたなあ。アイコンやアラートの文章、なにもかもがかわいかったな。sad mac一度も見たことないのが残念なぐらい。フリーズすると出てくる爆弾マークとか当時は顔面蒼白になったけどOS漢字トークのUIはほんとに愛らしい表現でいっぱいでした。 それからすごい早さでDTP化が進んで、版下や製版フィルムなんかの概念がかわっていき、印刷工程ってもの自体が劇的な変化を遂げた。会社としても対応していくのは大変だったと思います。まさにAppleが世界を変えた、その一端を経験しました。 そのうち、会社を辞めることになり、思い切ってパソコンを買いました。 買うまでものすごい悩んで、スペック何度も確かめました。当時としてはメモリの拡張性が高い、ということで思い切った。35万円ぐらいしました。当時マックはパソコン界のポルシェって言われてたからなあ。 日本橋のソフマップへ、大金握りしめてこわごわ買いに。三菱モニターとキャノンのプリンター、当時は唯一A3ノビが出力できるカラープリンターをセットで買って締めて45万円ぐらいだったかな。 店員さんがカウンターで数えていた40数万円の映像は今でも昨日のことのように思い出せます。やめとこか、引き返すんなら今や、とんでもない買いもんしてるんちゃうか、という寒々しい気持ちとともに…。 そうして手に入れたのがpower mac 7600/120。今でも新しいマック買うとすごいわくわくするけどこの時は今の比じゃなかったな。会社でみん...

近況〜つぶやけなかったことなど

このまえのエントリ、気障やね。でも消さないよ。みせしめや。毎日ボットしか読んでくれてへんけど。 ============================== ここ数日。 3年保育だと来年から幼稚園で、いまいろいろ考え中。というか時期的には待った無し。でもここ東京でいつまで子育てできるのか。というか幼い今こそしてはいけない場所なのだが。 ============================== 19日のデモのニュースやレポート、読んでいる。まぶしい。5万人は遥かに超えていたようだ。参加できず残念。それでもなお、原発の安全性なんていう男のロマンを国連で発表するうちの首相。原発と一緒に宇宙へ飛んで行け。 ============================== 避難する、しないについて、時々穏やかでない口論を目にする度、京大小出助教授の「私は口ごもってしまう。」という声を思い出す。案外、人を思いやるということは簡単ではない。小出さんを心から尊敬する。 ============================== 恩師の夢を見る。起きてすぐ細かい内容は忘れてしまった。でもなんかすごく悲しくやるせない感じだけが残っている。どんな夢だったんだろう… ============================== ひさしぶりに美容室に言ってまた店主とトーク。ほかのお客さん忘れてるんちゃうか…とにわかに心配になったので机に置いていた眼鏡を自らかけた。マラソンのQちゃんの逆。 ============================== おかげさまでエンゲル係数の伸びが半端無い。東京電力さんよ ============================== 日本語のラップって全然興味なかったけど、オリジナル・ラブ新譜「白熱」の「カミング・スーン」やばい。ことばがリズムと一緒に飛び込んできて情景が鮮明に浮かぶ体験。「真夜中長電話してモリッシーの話」「耳まですっぽりキャスケット」「乾かないリキテックスの匂い」ってチョイスが個人的に親近感湧きすぎるせいもあるけど。 ============================== でも2番のラップ部分で「けいはんのるひと、おけいはん」って心の中で言ってしまうのは秘密 ===================...

下戸による、あるBARの話

銀座の老舗Bar「樽」には一回だけ行った事がある。 ちょっと思い出があって、今でも夫との語り草になっている。 そこへは彼が、いいお店らしいよ、といって連れて行ってくれた。 私はほとんど下戸で、甘いワインか、ジュース勝ちなカクテルを少ししか飲めない。 1杯飲むとたちまち暇になって、ふと店の奥にあったジュークボックスに向かった。 並んでいるのは超定番のポップスばかり。バーはほぼ満席でみんなわいわい楽しそうにのんでた。音楽聴きたい人なんか全く居なさそうな雰囲気だったけど、私はキャロル・キングの"It's too late"をかけた。それぐらいしか聴きたいと思う曲がなかった。ボーンボボボボ〜ン…あの印象的なベースのイントロが結構いい音で響く。皆少し聞き耳立てている感じがしたのは自意識過剰かもしれない。しかし良い曲だなあ… キャロルが歌い終わってしばらくして、さあ帰ろかとなったとき、いきなり、じゃ〜ん!ユ〜〜キャンダ〜ンス!ABBAのダンシングクイーンが、せっかくの琥珀色したしんみり空間に爆裂した。そしてそれをかけたDJ・推定年齢35歳のサラリーマンが、これでどうだとばかりに鼻息あらく私の方を一瞥して、自信たっぷりに席に戻って行った。 なんというセンス…と思いながらお勘定してもらっていると、マスターがにこにこして言った。 さっきは良い曲かけてくれたね。あの曲好きなの?…わかってるね。 そして「1曲聴いてかえってよ」とマスターが言うと、やがてジュークボックスからイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が流れてきた。 椅子に座らせてもらって二人、ただその曲を、本当のことを言うと聞き飽きているその曲を、聴いた。お勘定も済んでもう帰るだけだったのに。 このBarも、再開発で近く閉店する。その話は数年前に聞いてたのにずっと忘れていて、つい2・3日前、新聞でマスターの淋しげな顔を見つけて思い出した。 再開発という言葉にアレルギーがあると自分でも思う。 老朽化に寄る耐震性の問題などもあるけど、例えば表参道ヒルズに言い訳のように残された同潤会アパートの外装、あれが出来るならなぜ全部そうしなかった?あれを壊すならなぜ潔くすべてを変えなかった?といつも小さく怒りが湧いてしまう。 古い風情のある建物やお店が再開発の名の下に無くなって行く事...